累風庵閑日録

本と日常の徒然

『無音の弾丸』 A・B・リーヴ 論創社

●『無音の弾丸』 A・B・リーヴ 論創社 読了。

 ストーリーは捻りに乏しい一本調子で、これだけ? と逆に驚くほど。作品によっては、一般に知られていない毒物を使ったり、同様に知る人の少ない最先端の科学技術による殺人が行われる。探偵の側も、先端技術を駆使して事件を解決する。それって魔法や超能力で解決するのと似たような構造になるわけで。実現できるとは思えない、SFの領域に片脚を突っ込んだようなネタが飛び出す作品もある。全般的に、ミステリとしてはどうも心細い。

 だが、つまらないと切り捨ててしまうのはちと惜しい。見方を変えれば、そこに読み取れるのは単純で誰にでも分かりやすいストーリーと、当時は珍奇で真新しかった題材である。これなら人気があったのも頷ける。そして、使われている題材が陳腐化したとたん人気が凋落してしまったのもまた、頷けることである。それが今、ぐるっと一周回ってなんとも曰く言い難い面白さを醸し出しているのだ。大きな声で褒めることはできないが、こっそり面白いと呟きたくなる。その面白さをどうやって言語化したものか。しばし考えたけれども結局諦めて、以下にキーワードだけ並べておくことにする。

犯人を特定できる最新の捜査手法、指紋鑑定
相手のひそひそ話を遠くから聞き取れる驚異の新技術、マイクロフォン!
新発明の(伏字)を使えば、(伏字)いで殺人ができちゃうぞ!

 個別の作品についていくつかコメントすると、「金庫破りの技法」の犯人像がなかなか強烈。「黒手組」は犯罪を現在進行形で描いてサスペンスに富む。「地震計をめぐる冒険」と「自然発火」とは、オカルトめいた雰囲気が楽しい。余談だが、「地震計~」はハヤカワ文庫の『シャーロック・ホームズのライヴァルたち』第三巻で既読のようだ。ずいぶん昔のことで、読んだこと自体全く覚えちゃいないけれども。

 最後に大事なことをひとつ。読後感がどうあれ、まず第一に読めるということが素晴らしい。読まないことには話にならないのだ。これを翻訳刊行した論創社は、ありがたいと思う。