累風庵閑日録

本と日常の徒然

『三十棺桶島』 M・ルブラン 偕成社

●『三十棺桶島』 M・ルブラン 偕成社 読了。

 予想外にインパクトのある物語であった。よくあるスリラーかと思っていたら、なかなかそうではない。地下に潜む「やつら」が生贄を要求するといったホラーの味わいもある。姿を見せない敵から矢や投げ斧によって襲撃され、それを逃れて橋を焼き落とし、屋敷に立て籠もるといったアクション小説の味わいもある。当時最先端の科学ネタもあるし、千年に渡る歴史ロマンもある。そうやって様々な要素がぎゅうぎゅうに詰め込まれている物語が、不気味さと陰惨さと緊迫感とを伴って語られる。

 ところが、だ。あからさまにルパンの変装である某人物が登場すると、それまでのサスペンスがすうっと薄れる。作者から「万能」の属性を与えられているらしいルパンが、あっという間に物語全体の主導権を握ってしまうのだ。

 また、作者の主眼はヒーローとしてのルパンの行動を描くことにあるようで。ミステリの静的要素とも言えるロジックの面白さについては、かなり心細い。犯行の動機も経緯も、事件解明に至る筋道も、(伏字)である。もちろん、だからといってこの作品が劣っているわけではない。方向性が違うのである。

 それにしても、ルパンも悪役も、なんとまあ喋ること喋ること。彼らの長広舌がなければ、そして全体の文章がもう少し簡潔であったら、こんな五百ページの大部にはならなかっただろう。読みながらぼんやりと、まどろっこしい思いにつきまとわれていた。

 ところでこの作品は、横溝正史が影響を受けているという。実際、思い当たる要素がいくつもある。女性を誘拐して無理矢理結婚する貴族、三十人の生贄を求める三十の棺桶、地下に張り巡らされた洞窟とそこに隠された宝。これって「八つ墓村」ではないか。アルシニャの老婆三姉妹も、もしかしたら小梅小竹姉妹に影響を与えていはしないか。こういうのを読むと、ルブランをもっと読まなきゃ、という気になる。