累風庵閑日録

本と日常の徒然

『徳冨蘆花探偵小説選』 論創社

●『徳冨蘆花探偵小説選』 論創社 読了。

 なにしろ明治時代の文章である。改行がほとんどなく、大半のページにみっしり文字が詰まっている。しかも快楽亭ブラックのような口演の速記ではなく、直に書いた小説なので、よりいっそう四角四面で読み辛い。それでも、一行一行噛み締めるように味読してゆくと、これがなかなか滋味豊かで。現代の文章には見られない言い回しの数々が、じわじわと面白い。

 前半は「探偵異聞」の七編。内容は意外なほどバラエティに富んでおり、殺人事件、失踪人探し、国際的陰謀、法廷ネタと、目先が変わって飽きない。収録作中のベストは「巣鴨奇談」で、足跡のない雪に覆われ出入り口が施錠された屋敷からの人間消失という、なんとまあ不可能犯罪ネタだ。しかも幽霊咄の添え物まであるときたもんだ。真相は他愛ないけれども。

 後半は「外交綺譚」の十二編から、探偵味の強いものを選んだという七編。フランスの元大使が外交秘話を語るという設定の翻案で、内容は題名の通りの綺譚集である。「白糸」が秀逸。サスペンスも意外性も十分である。

 ところで本書は、横溝正史との関連でも興味深い。長編「壺中美人」で、金田一耕助は昔読んだ探偵小説によって重要なヒントを得る。ということはつまり、正史自身が昔読んだ探偵小説のネタを流用したということであろう。その元ネタはハンシューの「四十面相クリークの事件簿」に見られるのだが、なんと本書収録のある作品にも、同様の趣向が使われているではないか。

 ただ、こちらの初出は正史が生まれる前で時代が違うし、翻案とはいえ日本が舞台である。「壺中美人」の記述のニュアンスからは、正史が読んだ探偵小説は海外ものであるように受け取れる。ここはやはり、元ネタは「四十面相のクリーク」の方だと思いたい。もとより検証のしようもないことではあるが、こうやって考えを巡らすのも一興である。