累風庵閑日録

本と日常の徒然

『大庭武年探偵小説選I』 論創社

●『大庭武年探偵小説選I』 論創社 読了。

 なかなかの快作。戦前に、大阪圭吉以外でこんな、推理の面白さを基調とするミステリが書かれていたとは驚き。巻末解題によれば、その作品は過去に編まれたアンソロジーにしばしば採用されているそうで。挙げられているアンソロジーの多くは手元にあるのだが、全て積ん読なのであった。なんたることか。

 扱われている趣向がいちいち嬉しい。それはたとえば、犯人消失、ダイイングメッセージ、現場の見取り図、関係者の行動一覧表といったもので。真相も(伏字)と、いかにもミステリらしいネタがバラエティ豊かに盛り込まれている。

 収録の六編のうち五編に登場するのが、シリーズ主人公郷警部である。彼は犯人特定のために、あるいは逆に容疑者が犯人でないことを証明するために、手がかりに基づく推理を駆使する。あえてツッコミ所を挙げるなら、発見された手がかりが解決部分に至るまで読者に示されない場合がちょいちょいあるのだが、なにしろ戦前の作品だしページ数が限られているしで、やむを得ないことであろう。

 一番気に入った作品は「十三号室の殺人」で、真相にはちとズッコケるけれども、犯人を特定する(伏字)の手がかりが秀逸。

 ところで、巻末解題に気になる記述がある。『満州日報』に連載されて未完に終わった長編「曠野に築く夢」は、この「論創ミステリ叢書」への収録を見合わせたが、別の形での刊行を予定しているとのこと。本書刊行以来既に十一年半が経過しているのだが、この話はどうなったのであろうか。