累風庵閑日録

本と日常の徒然

第五回横溝正史読書会

●第五回横溝正史読書会が開催された。課題図書は中編「黒猫亭事件」である。会場は浅草の昭和モダンカフヱ&バー「西浅草黒猫亭」さんで、このために貸し切り。参加者は幹事さん司会者さん含め総勢十二人で、しかも読書会初参加のお方が三名もいらっしゃる。なかなかの盛況で、喜ばしいことである。

◆いつものとおり、参加者の自己紹介を兼ねた感想から始まる。
「記憶のイメージと違って、再読したら×××はクズだった」
「この作品にも出てくる、歌舞伎ネタに興味がある」
※このお方の感想コメントは個人的に凄く「響いた」のだが、ネタバレなのでその部分は非公開。
金田一耕助の造形がまだ確立されてない」
「酒場の名前は「黒猫」なのに、なぜ題名は「黒猫亭」なのかが疑問」
「考察のネタになる題材が多い」
金田一耕助の人たらしぶりにやられていく警部さんたちの姿を読むのが楽しい」
「岡山の真備町に思いを馳せる」
「情報の出し方や、金田一耕助の推理の過程など、非常に丁寧に書いてある」
「Yさんと金田一耕助とが関わる構成が面白い」
「人物設定の説明をきちんとしてあるのが新鮮」
「後の同一テーマの作品と比べて、ちょっとごちゃごちゃしている印象」


◆司会者さんから、読書会進行の指針として三つのポイントが提示された。
金田一耕助の造形について
・Yさんと金田一耕助との邂逅というメタな視点について
・トリックについて


 ところが、だ。参加者のみなさん喋りたがりが多いもんだから、話題は自由奔放に転がり、広がり、脱線し、たちまちのうちにフリートークへとなだれ込んでゆく。ネタバレは書けないので、これ以降は大幅に省略。


金田一耕助が表舞台に登場した時の様子
金田一耕助がべらべら喋る様子は記録に残っているとは思えないから、具体的なところはYさんの想像」
「きっと初対面で泊まって話し込んだ時の体験から想像したんだろう」
「かっこよく書いて欲しかったと言われてたのにあの書きっぷり」
「ああやって書いてもオッケーという確信の元にYさんは書いている」
「そのあとも二人の友情は長く続いた」

ここでお一人から冷静なツッコミ。
「参加者全員が、金田一耕助が実在の人物という設定で話しているのが面白い」

「この作品では、小説内で作者と金田一耕助とが会っているメタ表現があるので、そういう設定も違和感がない」
金田一耕助と作者が会っていることは、映画で作者と出会う演出にも活かされているのでは」


◆この作品での金田一耕助の造形について
金田一耕助はちょっと人の悪いところがあって、その部分も出ている今回の造形に違和感はなかった」
というお方もいれば、逆のご意見もあり。
金田一耕助のキャラクターはこの後変わっていくように見える」
「こんなやつだったっけ?」
金田一耕助がこんなに丁寧に推理の過程を語る作品は少ないんじゃないか」
「この作品は読者に対する挑戦だから、その前提のもとに推理の過程をきちんと語らせている」


◆正史の作品自己評価と創作姿勢について
「書いた当時は自信作だったんだろうけど、似たようなパターンを以後何度も書いている。もしかして後から考えたら満足できなくなったんじゃないか」
「同じテーマをねちねち考えている」
「他作家のネタに対する挑戦をしばしばやっているし、一度書いたネタの再利用も何度もやっている」


◆舞台となったG町のモデルについて
「渋谷から西の私鉄沿線で、がぎぐげごで始まる駅はない」
「調べても分からなかったけど、もしかして自由が丘かなあ」
「確かにあの辺りは坂が多い」


金田一耕助と、警視庁にいる「署長の先輩」とのつながり
「署長が瀬戸内海の事件を知って驚いているので、岡山県警の上層部から警視庁へのルートか」
「捜査本部に自分の後輩がいないと紹介状が効かない」
「戦前の語られざる事件で警視庁に顔が売れたのでは」


◆誤植の指摘
「心臓」とあるべき所が「必臓」になっている。(角川文庫旧版 P.380)
この後の展開が驚異的。
各位が持参した本を確認して、誤植の訂正が第十二版でなされたことがたちどころに判明した。


◆問題提起その1「作者と探偵とがいちゃいちゃする例は他にあるか?」
内田康夫
「この作品以前にあるか? 海外で作例があるか?」
「もしかして当時非常に新しいアプローチだったのでは」
「二次元と三次元が出会うのは斬新」
「こういう作例から、映画に正史本人が出演する流れにつながっていくのでは」


◆問題提起その2「原作では店の名前は「黒猫」あるいは「黒猫酒場」なのに、なぜ作品名は「黒猫亭」なのか?」
「また、初出誌での題名は「黒猫」だったのに、なぜ変えたのか」
「探偵雑誌『黒猫』との重複を避けたのか」
「乱歩の「湖畔亭事件」が視野にあったのかも」
「「黒猫」だけだと何の小説か分からないので、事件だとか殺人だとかを付けたのでは」


◆その他、様々なコメント
「探偵meets作家というのが上手く書けていて、舞台的」

「最初にヨタを書きすぎて、お尻でページが足りなくなった」
「いやいや、耕ちゃんのキャラクターをきちんと書いてある部分は大事」

「本文ではG町銀座だが、挿入の地図ではG坂銀座になっている」

「同人誌仲間に好きなシーンを描いてと頼むと、三人のうち二人は「黒猫亭」のシーンを描いてきた」

「実はご都合主義の所がけっこうある。このトリックを書きたいために書いた感じ」
「細けえことはいいんだよ」
「それを言っちゃあおしまい(笑)」
「トリックのためだけの小説だとつまらないので、金田一耕助の造形が効いている」

「歌舞伎の登場人物名が出てくる。当時の読者はそれだけで通じたのではないか」
関連して、歌舞伎に詳しい参加者の解説がありがたい。

「猫は殺そうとしてもなかなか死なないってのはひどい」
そこから猫にからむ話題がひと通り。


◆参加者は作品を読了していることが前提だから、会話は当然ネタバレ全開。時間配分としては、ここに公開できない内容の方が多い。関連するキーワードをいくつか並べておくと、トリックの内容について、髪を伸ばしてない、上手く操りすぎ、顔を知られてなかったのか、暗黙の了解で書かないでおいた、闇市で手に入れた、そういうプレイ、どっちに転んでも時間の問題、自分だけは大丈夫、芝居がかりの金田一。後の作品との関係についてや、関連する海外ミステリの話もいろいろ。


◆やがて終了時間となり、読書会は唐突に終わる。
「これで終わります」
「急に終わるのは短編みたいでいいね」


●この段階でお別れする方と、ファミレスでお茶する方と分かれ、読書会は盛況のうちに無事終了。おつかれさまでした。