累風庵閑日録

本と日常の徒然

ボアゴベ「マタパンの宝石」

春陽堂の探偵小説全集第十七巻から、ボアゴベの「マタパンの宝石」を読む。再読である。四年前、博文館の世界探偵小説全集『ボアゴベイ集』に「海底の黄金」の訳題で収録されたのを読んでいる。以下その時の感想を、文言を微修正して再掲しておく。

 内容は通俗サスペンス・メロドラマである。宝石泥棒の嫌疑を掛けられた知人を救うため、また同時に知人の妹への愛のアピールのため、主人公とその友人とが力を合わせて活躍する。果たして主人公は件の妹と首尾よく結婚できるか。

 悪漢は極めて分かりやすい。真相はいかにも時代を感じさせる(伏字)ネタ。後半は別の話になってしまう構成が不思議。全体として下世話な面白さはあるが、ボアゴベが今となっては忘れられた作家となっているのも頷ける内容である。

 キャラクターに関して。主人公もその友人も、ありあまる金があって労働をせず、賭博に観劇にその他の娯楽に日々を費やす呑気な遊民である。そのため、どことなく「いい気なもんだぜ感」がつきまとう。その一方で、世俗のルールを超越したヴェルヴァン侯爵夫人が痛快で、ちょっと面白い。

●本書を手に取った主目的は、同時収録の「鐘塔の天女」を読むことにある。だが、長編「マタパンの宝石」を読んでどうも一段落した気分になったので、ここで中断する。「~天女」はまたの機会に。

 以下、余談。「海底の黄金」が完訳かどうかは知らないが、「マタパンの宝石」は間違いなく抄訳である。なにしろ前者が約四百ページなのに対して、後者は約三百ページしかないのだから。