累風庵閑日録

本と日常の徒然

『章の終わり』 N・ブレイク ハヤカワ文庫

●『章の終わり』 N・ブレイク ハヤカワ文庫 読了。

 なんと地味なオープニングか。探偵ナイジェル・ストレンジウェイズが取り組むのは、印刷直前の原稿に細工をしたのは誰か、という謎である。背表紙の粗筋には中盤以降の展開もしっかり書いてあるのだが、事前の情報は極力遮断することにしているので、あまりのことにもう少しで投げ出しそうになった。途中から俄然面白くなったけれども。

 ナイジェルの探偵活動に伴い、被害者と周辺の関係者と、それぞれの過去が次第に明らかになってゆく。並行して、それぞれが今までとは異なる顔を見せ始める。過去から現在に至る時間と、今現在の内面と、両方の座標軸で登場人物達の造形が深化してゆく様子が、なんとも読み応えがある。おそらく、少年時代に読んだら退屈だっただろう。おっさんになり果ててしまった今だからこそ味わえる面白さである。

 犯人は、疑いを逸らすためにある種の工作をしている。読者がそれにうかうかと乗せられてしまうと、結末の意外性が効果を発揮する訳だ。だが私はその、表面的には犯人ではないという物語設定を軽く読み流してしまった。なるほどこの人は犯人ではないことになっていたのだな、と結末に至って再確認する体たらく。我ながら情けないことである。という訳で、意外性はあまり感じなかった。だが、結末を読むと犯人のこの工作、なかなかシンプルで効果的である。これはこれでミステリの味として楽しめた。