累風庵閑日録

本と日常の徒然

『薫大将と匂の宮』 岡田鯱彦 扶桑社文庫

●『薫大将と匂の宮』 岡田鯱彦 扶桑社文庫 読了。

 探偵役の紫式部はいわゆる名探偵型のキャラクターではなく、事件の経過に翻弄されるように迷い、惑う。事件そのものだけではなく、関係者の人間性にも感情を揺さぶられる。自分自身の内面を覗き、様々に揺れ動いている己を見出す。そういった造形を面白く読んだ。それはそれとして、事件の真相はちょいと秀逸である。意外性を演出する方向性が意外で、ほほうそういう手を使うか、と言いたくなる。

 この作品はその昔、旺文社文庫の『源氏物語殺人事件』で一度読んだ。読んだという事実しか記憶にないということは、内容にさほど感銘を受けなかったようだ。当時の幼さでは、作品の機微を受け止めることができなかったのかもしれない。

 併録の短編では、「菊花の約」と「「六条の御息所」誕生」の二編が特に気に入った。前者は「雨月物語」を題材に舞台を現代に移して、主人公の過去から現在のある一瞬までを描く。作品はそこで終わるが、物語は終わらずにその後の長い長い時間をも感じさせる。

 後者は歴史秘話の体裁で、数百年続く文章解釈上の謎に対するひとつの答えを提示する。古典教養にまるで乏しくて我ながら情けないが、こうやって背景から何からきちんと書いてくれると十分楽しめる。