累風庵閑日録

本と日常の徒然

『精神病院の殺人』 J・ラティマー 論創社

●『精神病院の殺人』 J・ラティマー 論創社 読了。

 主人公の探偵ウィリアム・クレインの造形が魅力的。減らず口をたたき、肉弾戦も厭わず、酒にだらしない。それでいてただの筋肉馬鹿ではない。独自の活動で状況をひっかきまわし、関係者や警察を翻弄し、そのあげくロジカルな推理で事件を解決に導く。冒頭では病院に連れてこられた彼が、観察と推理とによって院長にまつわる様々な事柄をたちどころに言い当てて見せる。こういうくすぐりが嬉しい。

 犯人の設定にはあまり感銘を受けなかったけれども、この際それは脇に置いておく。結末でクレインが語る推理が、十分満足できる内容である。会話の断片やちょっとした情景から大量の手がかりを拾い上げ、組み合わせ、積み重ねて真相にたどり着く。

 特に気に入った手がかりが、あるエピソードに仕込まれた一件で。そこにこっそり書かれた情報だけではあまり意味がないが、別の個所の何気ない会話と組み合わせて初めて、決定的な証拠となる。こういう書きっぷりから見えてくる、作者の姿勢が嬉しい。(伏字)がミスディレクションとして機能している点も、分かってらっしゃる、と思う。

 これでシリーズを三冊読んだ。その中では本書が一番面白かった。舞台が特定空間に限定されているのが本格色を強めているし、クレインが途中でちょいちょい推理を披露するのも楽しい。