累風庵閑日録

本と日常の徒然

『ナツメグの味』 J・コリア 河出書房新社

●『ナツメグの味』 J・コリア 河出書房新社 読了。

 面白い。それは間違いない。だが、この曰く言い難い味わいはなんとしたことか。作品毎に様々な要素が様々な配分でもって詰め込まれている。その要素とは、捻りと切れ味、不気味と残酷さ、皮肉とユーモア、そしてときには愛と夢も少々。サイコスリラーだのモンスターホラーだの、ラベル付けできる作品もいくつかあるが、全体としてはジョン・コリアの小説、としか言えない。

 気に入った作品は、ラストシーンの二人の表情が目に浮かぶような表題作「ナツメグの味」、題名が秀逸な「魔女の金」、怪談系昔話を思わせる「葦毛の馬の女」、落語「地獄八景亡者戯」に通じるような破天荒なユーモア譚にちょいと艶笑風味をまぶした「魔王とジョージとロージー」、ある種の死と復活とを描く「船から落ちた男」。その他題名だけ挙げておくと、「猛禽」、「だから、ビールジーなんていないんだ」、「遅すぎた来訪」、といった辺り。

 ここで注目は、「頼みの綱」である。題材となっているインドのロープ魔術は、八月に読んだ「マハトマの魔術」に出てくる、チベット魔術とまるで同じパターンである。「アジアのロープ魔術」といえばこれだという、社会的に共有されたイメージがあるのだろうか。

 で、気になったのでちょっと調べてみた。十四世紀のアラブの旅行家が著した旅行記に、この魔術のことが書いてあるそうな。この旅行記は、欧州では十八世紀から十九世紀にかけて広く知られるようになったとのこと。ついでに書いておくと、この旅行記の翻訳が東洋文庫に入っている。