累風庵閑日録

本と日常の徒然

『虎の牙』 M・ルブラン 創元推理文庫

●『虎の牙』 M・ルブラン 創元推理文庫 読了。

 根幹となる犯罪のアイデアは(伏字)ネタで、ちょっと面白いと思う。だが、全体としてどうにも惜しい。なにしろ、長い!!!

 もうちょっと、会話と描写とがきびきび簡潔に書いてあれば。解決しそうに見えたところで状況がひっくり返る展開があんなに何度も繰り返されなければ。せめて人物造形が活き活きとして魅力的であれば。もしもそうであれば、もっと作品に没入できたと思うのだが。内容は盛り沢山だし展開は起伏が多いしで、血沸き肉躍る傑作になり得た可能性は感じる。

 読んでいるとツッコミたいところがちょいちょい出てくる。ルパンものに対してツッコミたいなどと考えてはいけないのだが、でもどうしても一カ所だけ、唖然としたシーンを書いておきたい。容疑者が建物の四階から飛び降りて平然と立ち上がり、警官相手に活劇を演じて逃走する。なぜそんなことが可能なのか、もっともらしい理由が一言もない。唯一書いてある理由らしい文言は、奇跡、だそうで。

 ところで、かねてより耳にしていた横溝ネタがある。「犬神家の一族」に、この作品の影響が見られるというのだ。今回の目的の半分は、その実態を自分の目で確認することにある。さて、冒頭がまず驚きであった。近い将来の殺人事件発生を警告し、恐れおののきながら毒殺される刑事。しかも倒れるのは手洗いの部屋だ。これって丸っきり、古館法律事務所の若林ではないか。

 物語が本格的に動き出す発端となるのが、とある富豪の遺言状である。その内容がまたなんとも。様々な可能性と条件とを組み合わせ絡み合わせ、順々に相続人の場合分けをしてゆくのである。興味深いことであった。

※1/10追記
 某氏から、「本陣殺人事件」への影響も教えていただいた。言われてみればなるほど確かに。両作品の真相に深く関わる内容なので、詳細は非公開とする。