累風庵閑日録

本と日常の徒然

「まぼろし小町」と「蝶合戦」

●昨日読んだ『横溝正史探偵小説選III』に収録されている二編、「まぼろし小町」と「蝶合戦」とは、どちらも人形佐七ものに改稿されている。その佐七バージョンを原型版と読み比べた。なお、佐七版はどちらも春陽文庫『春宵とんとんとん』に収録されている。

まぼろし小町」
 原型版の主人公、花吹雪の左近が思案に余ると、鐚銭の裏表で占う癖がある。それがそのまま佐七の癖として流用されているのが興味深い。そんな設定はこの作品だけのような気がするのだが。この癖が物語の進行にある種の関わりを持っているので、改稿の際正史も思案に余って、かといって鐚銭で占うこともできず、やむを得ず流用したのかもしれない。

 左近のもう一つの癖に、気を静めるときに香をきくというのがあって、これが事件解決のきっかけになっている。このシークエンスが佐七版では、女房のお粂が仏壇にあげた線香がきっかけになっている。これはこれで興味深い。

 ストーリーの骨格は両者で同じ。某人物が妹から姉に変更されている意図はよく分からない。

「蝶合戦」
 中盤までは原型版とほぼ同じ展開だが、そこから先が違ってくる。ずいぶん駆け足で終わってしまった原型版に対し、佐七版は展開が丁寧になり、人物描写を含め提示される情報が詳しくなっている。

 真相が変更され登場人物が整理された結果、漂っていた伝奇色が薄れ捕物帳の味わいになっている。後半の全面改稿の部分には、正史のサービス精神が発揮された描写も見られる。

 ある場面の登場人物が、原型版では主人公の松平長七郎であったのだが、佐七版では別のキーパーソンに変更されている。この辺りの改変具合が実に自然で、感心した。