累風庵閑日録

本と日常の徒然

第七回横溝正史読書会

●第七回横溝正史読書会が開催された。課題図書は『獄門島』である。参加者は幹事さん司会者さん含め十一名。会場は、もはやすっかりお馴染みとなった浅草の昭和モダンカフヱ&バー「西浅草黒猫亭」さんである。

●会ではネタバレ全開で会話が交わされたのだが、当然その辺りは非公開とする。各項目末尾に数字が添付されている場合、角川文庫『獄門島』旧版のページである。

◆いつものとおり、まずは参加者の自己紹介を兼ねて各位の感想を語っていただく。今回はなんと、この出発点からすでにネタバレ全開であった。したがって以下に書くのは極端な抜粋である。

「85年文春ベストの1回目で第1位はまあ分かるけど、2012年の2回目でも第1位に選ばれるようなありがたい作品か?」
のっけからこんな意見がぶちかまされたのが素晴らしい。この意見のおかげで、読書会の流れが「名作!名作!バンザーイ!バンザーイ!」では済まなくなった。参加者の思考停止を防ぎ、解釈を深め視野を広げるきっかけとなったのである。

「若い世代にはウケる内容じゃないか。この薄さで内容のボリュームもあるし、ビジュアルも凄い」
「最初読んだ頃はそれほどピンとこなかった」
「ミステリ的な趣向が充実しているのが好き」
「××の使い方が異質な作品」
「内容を再認識した」
「着物好きとしては読み応えがあった。映像化しても映える」
「戦後日本ミステリの道筋を作ったという意味では名作だと思う」
「当時は当たり前だっただろう状況でも、現代の視点ではなんで? という部分がある」
金田一耕助が可愛い。『本陣殺人事件』よりさらにキャラが立っている」

 そして今回驚きの展開が。知らずに店を訪れたお方が、横溝ファンだってんで読書会に飛び入り参加してくださったのである。素晴らしい。感想は「岡山、二大勢力、美人、奇妙な殺され方、という要素がいかにも横溝作品らしい」

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作品の評価
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◆世間的な評価について
「なんで2012年になってから1位なの? 他のミステリは何やってたの? なんで『獄門島』を超えられなかったの?」
「話としては好きだけど、なんでそこまで高評価? 中高年世代が投票したか?」
「同じタイミングで行ったツイッターでの投票でも『獄門島』がダントツだった。なのでツイッター利用の世代でも高評価」
「映画の印象が強くて、純粋な作品内容だけで投票されていないのでは」
「歴史的位置付けで投票されている部分があるかも」
「『悪魔の手毬唄』の方が完成度は高いと思うんだけど」
「でも横溝読みたいっていう人に勧めやすいのは『獄門島』の方」
「ページ数の割に内容が濃いし、××のインパクトも大きい」

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作品の内容
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◆登場人物の造形
「死んじゃって残念、という人がいない」
「島の封建社会を徹底的に破壊するのが一つのテーマだったのでは」
「分鬼頭の儀兵衛は案外常識人。本鬼頭の方は常識人とどうかしている人とのモザイク」
「勝野の描写がひどい」
「どぶ鼠とまで書かれている」(P71)

◆好きなシーンから金田一耕助の造形へと話が展開
「発句屏風の章の、悠々とした書きっぷりが大好き」
「でもそれは殺人の翌朝。金田一さん呑気だね」
「磯川警部と金田一耕助との再会シーンが大好き」
「そこで清水さんが驚いてシュンとするのもいい」
「バカバカ、の台詞でガンッときた。なんだこの可愛い人は」
「この時代はまだ金田一耕助のキャラが固まってなかったみたい」
「足跡ばかり気にして、殺人の異様さはあまり気にしていない」
「醒めている」

◆横溝美女
「今後映像化されたら、早苗さんは今の役者さんで誰がいいだろう」
「早苗さんは可愛い感じ、『犬神家の一族』の珠世さんは凄みのある美女」
「パーマをかけてるお洒落さん」
「島だからこそ映えるけど都会じゃざら」
「珠世さんの配役は難しいけど早苗さんはそうじゃない」
金田一耕助にとっては早苗さんは印象が強い」
「そりゃあなにしろ戦争から帰ってきて早々に出会った美人なんだから」
「もし先に珠世さんを見てたら早苗さんは別にどうとも思わなかったのでは」

◆床屋の清公の位置付け
「情報が集まってくる場所が床屋というのが面白い」
金田一耕助も情報を集めに床屋に行っているし」
「情報を整理・凝縮して読者に示す役割」
「床屋って現実でも男達の溜まり場であった」
「清公はよそ者なのに、地域住民がいろいろ喋る」
「他とつながっていない相手だからこそ喋ったのかも」

 そして、清公に関する重大な指摘が。詳しくは書けないけど、この視点は作品の根幹に関わるほどの極めて重要なポイントだと思う。
「お前のせいだよ」
「なんで部外者面してんの」

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作品をとりまくもの
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◆世代と環境の違いについて
「当然スマホもない、現代とはまるで違う世界の物語を、若い人はどう読むのか」

この話題から発展して、参加者が経験した近・現代の田舎や島の世界が語られる。
「祖父母の田舎には今でも屋号がある。郵便物も屋号宛てで届く」
「ウチの田舎にも屋号があって、電話帳のような冊子に屋号も書いてある」
「中学生のころまで時々行っていた島では、お互いにみんな顔見知りだし、家に鍵なんてかけない」
「病気になると誰からか分からないお見舞い品が置いてある」
「玄関に食べ物が置いてある。誰が置いたか分からないけど、それを平気で食べる」
「ウチの田舎でも寺の力は強かった。爺さん連中は長老扱いで、他の人が相談に来る」
「あそこに止まっている車はナンバーが違うのであそこの家の車じゃないと分かる」
「小学生の頃、田舎の親戚の家にはテレビがなかったので、遊びに行った時には親戚でも何でもない隣家にテレビを観に行ってた」

◆昭和二十年代
「この頃の時代背景って本格ミステリの舞台に合っていると思う」
京極夏彦三津田信三もその辺りを舞台にしている」
「その時代に興味はあるし、知らない事があれば調べる(若い人談)」
「過去の因習が残りつつ、戦争後の解放感も混じっている時代」
「昭和三十年代以降は今と地続きだが、二十年代は断絶が大きい」

◆当時の一般常識
「和尚がなにかにつけて俳句を引用する姿がキャラ付けとして印象的」
「やたらに芝居や古典のネタが出てくる」
「島の俊寛」(P15)
加賀騒動の大月内蔵之助、黒田騒動の倉橋十太夫」(P236)
「芝居や寄席演芸は当時誰もが当然知っていたはず」

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作家横溝正史
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◆横溝作品の定石について
「よくある二大勢力が配置されているが、対立構造があまり描かれておらず異質」
金田一もの長編二作目なので、これが異質というより、むしろ以降の作品で定型化していったのでは」
「作者が『本陣殺人事件』だけで終わらせるつもりだった金田一耕助を再登場させた。探偵主人公の点でも対立構造の点でも、以降に続く作品群の礎となった」

◆ミステリの実現性について
「発想、情景、イメージが凄かったら、実現性は重視しない」
「面白いプロットがあれば、動機は付け足しでいい」
「でも横溝正史は動機周辺を細かく書こうとして、その結果犯人の異質性が強調されてしまっている」
「ミステリではあまり実現性を突き詰めるとつまらなくなる」
「現実的には無理だけど、犯行の情景は凄くいい」

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その他
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◆メディア展開
映画『獄門島』(東宝 1977)のインパクトは絶大である。当然その話題もたくさん出た。
「映画は結末が嫌い。大原麗子は凄く綺麗だけど、観ていると最後の方であ~あ、となる」
「結末がああなったのは先に公開されたドラマ版のせい」
「ドラマ版め!」

その他映像や舞台の話も。
「劇団ヘロヘロQカムパニーで演じられた金田一耕助の造形が、個人的には一番しっくりくる」
「キャピキャピしている部分もあるし」
「NHKBSの『獄門島』はエッジが立ちすぎている」
「あれは別の世界線
「背が高すぎ」
「今までの映像作品イメージから脱却しようとしている部分は頑張っている」

◆小ネタいろいろ
「分鬼頭のお志保の読みは「しお」」(P39)
「清公の読みはせいこう? きよこう?」
「雪月花という言い方があるけど、三姉妹の順番はなぜ月雪花なのか」
「「船着き場の、船をつなぐために立ててある棒」ってのは、きっと独自の名称があるはず」(P169)

「和尚が本鬼頭の屋敷を説明して、あれが部屋」(P54)
部屋ってなんだ。このネタに対していくつかの解釈が。
「台所なんかの付帯設備がない、空間だけの建物(形状的解釈)」
「住み込み漁師の居場所(役割的解釈)」

◆そろそろ終了時刻になった。
まとめとして、冒頭の話題である作品評価に関する、読書会の結論。
「なぜこれが第1位か」
「これほど長く読者に好かれている要因は、作品のインパクトと歴史的位置付け」
「なるほど」
「以上、本日の授業はこれまで」

◆ネタバレ部分の会話はごっそり省略。密度の高い作品なので、会話の中でネタバレが占める割合も高くなる。その辺りは、参加者だけのお楽しみ。

 キーワードだけを並べておくと、リアルタイムの読者は知らなかった、初期作品からの癖、嘉右衛門が語った内容、考えたのは誰か、あの人なに運んでんの、担ぐのは無理だし猫は絶対に無理、例の言葉、読者に対する様々なミスリード手法、時系列の密度が違う、数字を気にしちゃいけない、自己満足にすぎない、思考の流れを書いているので間違いでもいい、××ネタとして異質。

●読書会が終わると仕切り直し。一時間程のインターバルの後、十七時からは新年会の開催である。店の構造は、テーブル席とそれに背を向けて座るカウンター席という配置になっている。読書会のように皆で話をするだけなら、カウンターに座った者が椅子を回してテーブル席の方を向けばいいのだが、酒と肴があるとそうもいかない。なんとなく、三グループに分かれてしまった。

 それぞれがそれぞれに盛り上がる。途中プレゼント交換会や横溝クイズ大会を挟みつつ、あっという間に終了時刻へ。二次会へ向かう面々と別れ、私を含む三名は早めに離脱する。お疲れさまでした。