●『ABC殺人事件』 A・クリスティー クリスティー文庫 読了。
今は昔、中学生の頃、あかね書房版の塩谷太郎訳「ABC怪事件」を読んだ。以来幾星霜、大人向けの訳で読むのは初めてである。ミステリなんて読んだそばから内容を忘れてしまうのが普通なのだが、さすがにこれは印象が強烈で、ネタも重要な手掛かりも覚えている。そうやって真相を知って読むこの作品は、それはそれで実に面白い。
関係者が無意識のうちに取捨選択して話さなかった些細な事柄にこそ、重要な手掛かりが潜んでいるというアプローチは、わくわくするものがある。なにしろこのアプローチの結果としての、スリリングな場面を覚えているのだ。読み進めた先の盛り上がりが約束されているのである。こういうのは、真相を知って読んだからこその面白さであった。また、予告の手紙がポアロに宛てられた理由なんてネタも嬉しい。
だが逆に、真相を知った状態で読むと、終盤の展開は気持ちがちょっと冷静になってしまう。けれどもその点は、巻末の解説のおかげで見方が変わった。なるほど、そういう読み方もあるのか。