累風庵閑日録

本と日常の徒然

「鍾乳洞殺人事件」

●横溝プロジェクト「横溝正史が手掛けた翻訳を読む」の第十三回として、扶桑社文庫の『横溝正史翻訳コレクション』からK・D・ウィップルの「鍾乳洞殺人事件」を読む。

 派手な事件とスピーディーな展開、そして少々心細い解決というのは、以前読んだ『ルーン・レイクの惨劇』と同様で。どうやらこういった作風がこの作家の持ち味らしい。犯人の設定が(伏字)だってのがどうもアレだし、意外性の演出が(伏字)というのもちと盛り上がりに欠ける。

 正史の訳文のおかげかどうか、とにかく読みやすいのは評価したい。読んでいる間は楽しい。多少なりとも冗長さを排した抄訳なのだろうか。その辺はよく分からない。もしも今後、論創海外なんかで新訳が出たらぜひ読んでみたい。

 もう一点、キャラクターの魅力も評価すべきポイントがある。なにかってえと「ボストンの兄のジョン」を持ち出すメヒタベル嬢や、ややデフォルメされたブランデギー警部の、やけに居丈高だが失敗すると哀れにしょげ返ってしまう様子が作品にユーモラスな味わいを添えている。

 個人的には、正史の「八つ墓村」との関係が興味深い。この辺りは巻末解説に詳しく、本書の読み所のひとつである。そこで指摘されていないエピソードをひとつ挙げておく。ある登場人物が慌てふためいて洞窟から逃げてきて、突然現れた怪物にもう一人が捕まったと語る。これは「八つ墓村」の(伏字)シーンを連想する。