累風庵閑日録

本と日常の徒然

『世紀の犯罪』 A・アボット 論創社

●『世紀の犯罪』 A・アボット 論創社 読了。

 五年前、黒白書房版を湘南探偵倶楽部の復刻本で読んだときは、あまりいい印象を持たなかった。会話が直訳調でぎこちなく、そういった個所に出くわすたびに気持ちが醒める。その点、今回の新訳は安心して読めた。

 天才型の探偵役が、警察組織を活用した地道な捜査に従事するとこうなる、という話。追及すべき数多くの筋道は、主人公サッチャー・コルトのひらめきで得られたものもあるし、大勢の警官達が各方面から集めてきたものもある。コルトは探偵としてだけではなく、組織の長としても極めて有能。大勢の部下を要所要所に手配し、適切な命令を与え、着実かつスピーディーに捜査を進めてゆく。その過程で次から次へと新たな情報が得られるので、中だるみせず快調に読める。

 ところが、だ。情報を集めても集めてもなお、事件は混沌として底を見せない。それどころか、終盤になって一気に可能性が広がったりする。この真相の作り方は上手いと思う。この真相だからこそ、捜査陣が戸惑う矛盾や疑問が見えてしまうのだ。

 個人的には、真相の意外性よりも横溝正史の某作との関連の方に興味が行ってしまったけれども。そういう観点でも、この作品は注目に値する。この辺りのことをもっと書きたいのだが、なにしろネタバレ直撃なので、どうにもこうにも。

 ふたつの作品が似ているだとか片方がもう一方の原型だなどと書けば、片方しか読んでいない者にとってはネタバレとなる。関連する横溝作品の題名は本の帯にはっきり書かれているから、いまさら「某作」などと書くのも白々しいのだが、この日記ではあえて某作としておく。