累風庵閑日録

本と日常の徒然

『蒼井雄探偵小説選』 論創社

●『蒼井雄探偵小説選』 論創社 読了。

 短めの作品はネタに対してページ数が少なすぎるようで、どうも舌足らずなものが多かった。気に入った作品としてはまず、情景が恐ろしい「執念」。

「霧しぶく山」を読むのは三度目。どこかで読んだような真相にはあまり感心しないが、舞台となる深山の迫力は何度読んでも鬼気迫る。

黒潮殺人事件」は秀逸。関係者の行動の謎と時間の謎と動機の謎。錯綜する数々の謎を地道に追求してゆく展開が好ましい。メインのネタはシンプルでイメージしやすく、分かってしまえばなるほどとすぐに納得できる。かつて旅行した紀伊半島や鳥羽の辺りが舞台となっており、個人的には当時の記憶が思い出されるのも好材料

「ソル・グルクハイマー殺人事件」は、リレー小説であるにもかかわらず、意外なほど構成がしっかりしている。作品中にも出てくるように、関係者の行動に関するタイムテーブルがきちんと設定されているし。書き始める前に執筆者達で全体をまとめたというから、もしも主導的役割を果たしたのが蒼井雄であったら、この出来映えも頷ける。実際のことは分からないけれども。もうひとつ。何故(伏せ字)たのか、という問いと解答、そしてそこから導かれる結論がちょっと嬉しい。こういうミステリ小ネタが一カ所でもあれば、それなりに満足できる。