累風庵閑日録

本と日常の徒然

『大下宇陀児探偵小説選II』 論創社

●『大下宇陀児探偵小説選II』 論創社 読了。

 大下宇陀児をちょいと見直した。まず、デビュー作「金口の巻煙草」がなかなかいい。メインのネタは大したものとは思えないけれども、往時の学生生活が生き生きと描かれていて興味深い。随筆「処女作の思ひ出」を読むと、作者の創作意図の半分はその辺りの描写にあったようだ。

 他に気に入った作品は「三時間の悪魔」、「嘘つきアパート」、「悪女」で、それぞれ捻りのある展開も人物造形も面白く読めた。

 中編「鉄の舌」は、まずまずの佳品。可能性の分かれ道があれば、必ず主人公に不利な方が選ばれる。すれ違い勘違い掛け違い行き違いの連続で主人公が追い詰められてゆく展開は、構成がよく練られていて感心する。息苦しいようなサスペンスで、中盤まではぐいぐい読めた。

 だが、途中からだんだん冷静になってきた。憎まれ役の小悪党のみならず、その他周辺人物までもが妙に生々しい卑しさを帯びており、うんざりしてくる。主人公が社会規範にがんじがらめになって苦しむ様子は、やけに古風で。こういう物語は、どこか既視感がある。以前論創ミステリ叢書で読んだ、三遊亭円朝だとか徳富蘆花だとか、あるいは黒岩涙香だとかの作品を、ちょっとばかし時代を新しくした文章で読むようだ。