累風庵閑日録

本と日常の徒然

『正木不如丘探偵小説選I』 論創社

●『正木不如丘探偵小説選I』 論創社 読了。

 伏線、ロジック、意外な真相、あるいは捻りや切れ味。そういった観点で評価してはいけない作家のようだ。巻末解題に曰く、マニア向けではないからこそ「枠にとらわれない面白さがある」だそうで。そういうことなら虚心に読んでみようとするが、どうも心細い。上記のような特徴のない、さして起伏のない、感心するような結末もない作品の、いったい何を面白がればいいのか。それぞれの作品が短くて、さっと読めるのが取り柄。と書いてしまうと、作家の原稿を紙の目方で買うような話になって、あまりに身もふたもないけれども。

 そんななか、ちょっとでも気持ちが引っ掛かった作品をいくつか挙げておく。怪談がかった味で悪くないのは、「椰子の葉ずれ」、「髑髏の思出」、「県立病院の幽霊」、「お白狐様」といったところ。「通り魔」は題名が効いている。

 収録作中のベストは、「手を下さざる殺人」である。ともかくも伏線があって推理があって殺人手段の趣向がある。ただもう、ある、というだけでベストの称号を差し上げたい。

 次点は「殺されに来る」である。薬売りの造形が不気味。喋る内容から異様な人間性がほの見えてくる。村の日常は、なにやら陰湿な闇が日常茶飯のようでいてこれも不気味。「青年会にはまったく無関係な貧乏人の家」なんて記述は、酷薄な社会的差別の存在をうかがわせる。そして物語の結末は、意外な方向に意外な広がりを見せて吉。

 ベストではなく最も気に入った作品として、ミステリ味が極めて薄いユーモアコント「本人の登場」を挙げておく。親が金持ちなのをいいことに、仕送りの金でのらくらしている道楽学生。最近、若年だからと軽く見られることに嫌気がさしている。いっぱしの紳士としてちやほやされたいという情けない動機で、有名人を騙ることを思い付いた。偽名で温泉宿に泊まった学生の前に、名前を騙られた本人が登場する。

 その本人の名前が山木如電なのだから、作者の分身を登場させたユーモア譚であることがはっきり示されているようなものだ。学生も如電も、どこか呑気でいい加減。学生が「犯罪計画」を練るにあたって全国の温泉をあれこれ物色する下りや、如電が学生の存在に気付く経緯には、どことなくとぼけた可笑しさが漂う。こういうのは好みである。