累風庵閑日録

本と日常の徒然

『蘭郁二郎探偵小説選I』 論創社

●『蘭郁二郎探偵小説選I』 論創社 読了。

 からりとして明るいトーンの文章がやけに読みやすい。論創ミステリ叢書で時々出くわす、妙にねちこい文章や文学臭をまとわりつかせた文体に比べると、もうそれだけで好感が持てる。

 月澤俊平シリーズが、予想以上の快作揃いであった。都会の冒険綺譚、犯人当て、密室殺人、不可能犯罪、といった趣向が目白押しである。各編ともに非常に短く、びっくりするくらいあっけない結末が多いけれども、器や看板だけであっても濃厚なミステリ風味が味わえると嬉しくなる。

 シリーズ中で最も魅力的なのが、「慈雨の殺人」で書かれた謎であった。からからに乾いた夏の炎天下、視界を遮るもののない野中の一本道で、突然男が倒れて死ぬ。遠くで目撃していた者が駆け付けると、死体はびっしょり濡れていた。

 例外的に中編である、昭和十八年の「南海の毒杯」も秀作。衆人環視の海岸での不可能犯罪や、死体消失の密室殺人といった謎と、後半になって思いがけず広がる舞台設定と、主人公月澤俊平のいかにも型通りの名探偵ぶりと。そういった読者を面白がらせる道具立てが多く、退屈しない。解決部分にちょいちょい荒っぽいところはあるが、一応は全てが収まるべきところに収まるし、真相は破天荒だし伏線は効いているしで、あっぱれ一編のミステリに仕上がっている。時折漂う時局臭が鼻について辟易するが、書かれた年代からしてやむを得ないだろう。

 少年探偵王のシリーズはどれも十ページに満たない掌編で、展開も真相もなんとも他愛ない。だが、そこに満ちているミステリ趣味のなんと濃厚なことか。消失する自動車、アリバイトリック、足跡のない殺人、密室殺人とにぎやかで、たとえそれが器や看板だけであっても楽しい。月澤俊平シリーズと同様である。