●『バービカンの秘密』 J・S・フレッチャー 論創社 読了。
正直なところ、フレッチャーの長編はあまり高い評価をしていない。ならば短編はどんなものかと、少々警戒しながら読み始めたのだが。これがどうも、実に面白い。フレッチャーを見直した。名作!傑作!というものではないが、一編毎にバラエティに富み、読んで楽しい秀作短編集であった。個人的には、ねちっこさ陰湿さが無いのも好みに合っている。ロジックや構成の緻密さに重きを置かず、展開の早さと紆余曲折とを重視する作風が、良い方向に作用しているようだ。
収録作はどれも良いが、中でも特にコメントを付けたい作品を以下に挙げておく。
「時と競う旅」
当事者にとっては人生がかかった大事件だが、読んでいる方としてはその翻弄されっぷりが何やら可笑しい。
「伯爵と看守と女相続人」
伯爵の、シンプルで効果的なアイデアがお見事。後半になって主題がずれてゆくのが、そうなるか、という予想外の面白さ。
「十五世紀の司教杖」と「二個目のカプセル」とは、犯罪が発覚するきっかけに、なるほどと思う。
「五十三号室の盗難事件」と「影法師」とは、主人公の造形が魅力的。探偵小説に夢中になっているルームメイドと、日常生活の裏で絶えず冒険を探し求めている平凡な若者と。
その他コメントを付けない作品も、甲乙付け難い。うむ、満足。