●『運命の裏木戸』 A・クリスティー クリスティー文庫 読了。
老夫婦の日常にちょいとサスペンス風味を利かせた、といった物語。オープニングが素晴らしい。本棚を眺めながらのタペンスの回想は、幼少期から本が好きだった者にとってはぐっとくるものがある。そしてふと手に取った本に見出した謎が、なんと魅力的なことか。
その後物語はスローテンポで展開し、曖昧な会話の積み重ねから曖昧な情報がおぼろげに浮かんでくる。長年苦楽と危険と冒険とを共にした二人の老後の生活が、読んでいて胸に浸み入るような。だがそんな平穏な毎日にも、第二次大戦を経た後の世界の生臭さが、ちょいちょい漂ってくる。クリスティーのミステリを全部読むつもりなら、この作品を手に取る意味もあろうってもんだ。