累風庵閑日録

本と日常の徒然

「横溝正史が手がけた翻訳を読む」二十一回

●第二十一回「横溝正史が手がけた翻訳を読む」プロジェクトとして、博文館から昭和十五年に出た『風雲ゼンダ城』の第二部、「驕児ルパート」を読む。

 物語の根幹は実に単純。女王陛下がうかつにも書いた、主人公ルドルフに宛てた恋文。それを横取りして国家大乱を引き起こさんと目論むルパート。ルドルフとその仲間達は、手紙を取り戻すべく活動を開始する。

 そんなシンプルな幹から繁る枝葉が、なんとまあ豊饒で波瀾万丈なことか。めちゃくちゃ面白い。敵はちゃんと強くてちゃんと悪賢く、アクションシーンは熱い。予想外の展開の、起伏の大きさはただ事ではない。

 助演男優賞は、ルドルフの執事ゼームスに差し上げたい。主人に忠誠を誓い、いかなる状況でも冷静さを保ち、ルリタニアの国難を救う大胆な策略をしれっと持ち出す傑物である。

●この翻訳を読んでぜひとも完訳を読んでみたくなったが、懸念点がひとつ。この面白さはもしかして、正史の省略と名調子のおかげではないのか。完訳版はもしかして、やけに冗長だったりしないか。それは実物を確認すればすぐに判ることであるが。確認のためにはちょいと市立図書館にでかければいい。

 ……と思ったら、なんと図書館は今月一杯臨時休館なんだそうな。やれやれ。

●さて、これで「横溝正史が手がけた翻訳を読む」プロジェクトを一区切りとする。実際はまだ、改造社のドイル全集に横溝名義の翻訳が含まれているのだが、それは派生プロジェクトとして別建てにする。題して、「改造社のドイル全集を読む」である。来月第一回を始めて、全八巻を少しずつ読んでゆく。久しぶりにホームズシリーズを再読するのも悪くなかろう。

●なにげなく覗いた古本屋で本を買う。
『探偵小説昔話』 横溝正史 講談社
 新版横溝正史全集の第十八巻である。背ヤケが強めだが、千円しないんだったら買っておくべきだと思う。他人様にはどうでもいい事であるが、ルールとして購入数には含めない。