累風庵閑日録

本と日常の徒然

『夜の冒險/孔雀の樹』 ドウゼ/チエスタートン 平凡社

●『夜の冒險/孔雀の樹』 ドウゼ/チエスタートン 平凡社 読了。

 昭和六年に刊行された、世界探偵小説全集の第八巻である。

◆ドウゼ「夜の冒險」は、予想外の佳作であった。主人公ゲルハルトは、世間の嫌われ者の従兄レットマンを自らも激しく憎み、殺してやりたいと公言していた。ある晩、とある事情からレットマンのアパートを訪れたゲルハルトは、そこで従兄の他殺死体に出くわす。このままでは殺人容疑を掛けられる恐れのあるゲルハルトは、名探偵レイ・カリングに助けを求める。

 手掛かりや関連情報がやたらに多く、それらに解釈が加えられる度に複雑な事件の様相が少しずつ見えてくる。この、少しづつ見えてくるというのが、まさしく乱歩の唱える「徐々に解かれて行く経路の面白さ」である。ゲルハルトやカリングが事件についてディスカッションする私好みのシーンもあって、なかなか楽しい。ライバル役が少々ぼんくらなザンデルゾン検事だというのも、いかにも定番の味わいで好ましい。

 結末で、ある手がかりの使い方にちょっと感心した。自分のための心覚えとしてその詳細を書いておく。(この段落はこれ以降非公開)

 ただ、全体としてスリラー味がやや強い。読者は、作者が小出しにする情報に基づいて犯行前後の状況が徐々に明らかになってゆく流れに身を任せるしかない。探偵が述べる結論の根拠が、その時初めて読者に知らされる手掛かりだなんて場面がちょいちょいある。この辺りはやはり、いわゆる黄金時代以前の作品のようだ。

 以下、余談。作中で重要な役割を持つ、「刷字器」なる道具がある。小酒井不木の手になる訳語だが、どのような物なのだろうか。調べてもよく分からない。文脈からして、タイプライターではないようだが。

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※2020/3/21追記
 ツイッターにて、某氏からご教示いただいた。ありがたいことである。「夜の冒険」の戦後の訳では、「刷字器」に相当する訳語が「タイプライター」になっているそうな。なるほど。刷字器とはすなわちタイプライターであったか。それはいいのだが、タイプライターを(伏字)に使うってのもちょいと珍しいのではなかろうか。使い辛いと思うのだが。

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チェスタトン「孔雀の樹」は、創元推理文庫の『奇商クラブ』で読んだはずだが、丸っきり覚えちゃいない。初読同然である。夢幻的で捉えどころのない出来事が、ある物品の発見によって犯罪だと確定する。その瞬間、いきなり焦点が合って不気味さが前面に立ち上がってくる展開はサスペンス十分である。具体的には書けないが、(伏字)なんて記述がいかにもチェスタトンらしくて嬉しい。動機の特異さも面白い。

●書店に寄って本を買う。
『短編ミステリの二百年2』 小森収編 創元推理文庫
『49歳、秘湯ひとり旅』 松本英子 朝日新聞出版

 二冊目は、ツイッターで見て衝動買い。このところ、久しぶりに温泉に行きたい気分が盛り上がってきているので、つい買ってしまった。