累風庵閑日録

本と日常の徒然

『仮名手本殺人事件』 稲羽白菟 原書房

●『仮名手本殺人事件』 稲羽白菟 原書房 読了。

 一冊の本をどう読むかは、ある意味で読者の勝手である。どんな読み方をしてもいいのだ。その読み方が多く共感を得られるかどうかは別の問題だけれども。本書の真相にも事件の結末にも、横溝的なものを色濃く感じた。舞台のひとつとそれに関連するモチーフにも、探偵役が真相を提示する段取りにも、同様の匂いを感じる。

 勝手な読み方としての「横溝テイスト」が、読んでいて心地いいし読了後の満足感にもつながっている。終盤の盛り上がりなんて、探偵役がこういう段取りをとったからこそ、である。どこがどうという具体的な事は、もちろん公開では書けない。(以下、この段落の最後まで非公開)

 関連情報が丁寧に書かれてあって、歌舞伎に関する知識がゼロでも全く問題なく楽しめた。歌舞伎座の構造なども含めて、単純に知識欲が満たされるのも面白い。ただ一点、あれっと思ったことがある。真相の根幹部分のひとつである(伏字)が、事前に見当たらないようなのだが。読み落としなら申し訳ないし、もしかして歌舞伎に通じた人ならあの描写で気付くのかもしれない。そもそもそんなこと気にしない作者殿なのかもしれない。

 以下、余談。登場人物が皆、なんとも丁寧で如才なくて、真っ当に挨拶の口を利ける。いい歳こいた我が身を省みて、なんかもう恐れ入る。

 さらに余談。「東一階四番桟敷(P.64)」は、「西」の間違いか。

 さらにさらに余談。冒頭に掲げられている歌舞伎座座席表は、老眼の身にはかなり難渋した。