●『森下雨村 小酒井不木 ミステリー・レガシー』 ミステリー文学資料館編 光文社文庫 読了。
森下雨村「丹那殺人事件」は、一年半ほど前に論創ミステリ叢書で読んだ。今回は再読だけれども、十分に面白い。その時の感想をほぼそのまま再掲しておく。
一歩一歩着実に捜査を進める様子を描く地味な作風で、私の好みである。戦前にこんなしっかりしたものが書かれていることに感心した。関係者が事件についてディスカッションするのも楽しい。細部にまで神経が行き渡った結末も、様々なピースが納まるべき所に納まって気持ちいい。
意外性のキモは(伏字)にあるが、その演出も構成がしっかりしていてこそ、である。捜査が進展する大きなきっかけとして偶然を持ち込んでいるのがちと弱いけれども、何しろ昭和十年の作品である、このくらいどうということはない。
小酒井不木の中編「恋魔怪曲」は、長い行方不明から帰還した跡取り息子は本物か否かという御家騒動に、主人公の恋の軋轢が絡む。その味わいはなんとも古風。まるで、ちくま文庫「明治探偵冒険小説集」シリーズの収録作を読んでいるようだ。事件の真相はどうも腰が抜けるようなものだが、はっきりとした伏線がひとつ仕掛けられてあった点はお見事。
短編「闘争」は、題材が何かをはっきり書けない(伏字)ネタの秀作。
●余談だが、これでミステリー文学資料館編のアンソロジー全五十三巻を読み終えた。ちょっとした達成感がある。資料館が閉館になって続刊が出なくなっていることは、まことに残念であるけれども。後継のシリーズ……かどうかは知らんが、すでに二冊出ているアンソロジーも、来月と再来月とに読む予定。