累風庵閑日録

本と日常の徒然

『香住春吾探偵小説選I』 論創社

●『香住春吾探偵小説選I』 論創社 読了。

 基本的にユーモアミステリを書く作家なのだという。「近眼奇談」は落語の「三年目」に、「金田君の悲劇」は同じく落語の「粗忽長屋」に通じるような、とぼけた可笑しさがある。「推理ごっこ」はほとんど小噺だが、冒頭に読者への挑戦もある佳作。

 収録作中のベストは「カロリン海盆」であった。舞台背景の特異さ、小道具の面白さ、真相の外連味など、美点が多い。

 注目は中編「島へ渡った男」である。瀬戸内海の孤島で発生する連続殺人。跳梁する松葉杖姿の復員兵。○○への道を訊くのは目的地ではなく道しるべとしてだったという「ある小説」への言及。となるとどうしても、横溝正史を連想する。発表は昭和二十三年十月だというから、「獄門島」の最終回と同月である。

 内容はよく考えられているしサスペンスもある。意外性の演出もしっかりしてるしで、悪くない。表面的な手がかりは大量にあるのに、それらの意味がさっぱり分からないという展開も秀逸。

 ただ、これはどうも、と思う点があるにはある。要となる部分で都合よく(伏字)のはいかにも作り事である。初出では長編と銘打たれていたそうだが、二段組みで約六十ページしかない。もうすこしページに余裕があってじっくり組み立てられていれば、と思うと惜しいことである。

 その他気に入った作品を題名だけ挙げておくと、「化け猫奇談 -片目君の捕物帳」、「四重奏曲ニ短調」、「奇妙な事件」、「尾行」、「蔵を開く」、「米を盗む」、といったところ。打率の高い秀作短編集であった。