累風庵閑日録

本と日常の徒然

第二回オンライン横溝読書会「不死蝶」

●第二回オンライン横溝読書会を開催した。課題図書は「不死蝶」。雑誌『平凡』で、昭和二十八年六月から連載された作品である。参加者は私を含めて六名。そのうちお一人が初参加であった。

●会ではネタバレ全開だったのだが、このレポートでは当然その辺りは非公開である。各項目末尾に数字が付されている場合、角川文庫『不死蝶』旧版のページを示す。

◆いつもの通り、まずは参加者各位の感想を簡単に語っていただく。
「宮田文蔵が男前すぎる」
「鍾乳洞ものでは後発な分、物と人とがテクニカルに動かされている」
「まずは漫画版を先に読んだので、田代の存在をすっかり忘れてた」
「先行作品の焼き直し、縮小再生産っぽい」
「全体は、ラストシーンのための前振りだと思っている」
「いろいろな点ですごく古風。片袖が落ちてたなんて、捕物帳か」

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◆続いて司会者からお題。上記の感想でも触れられているように、「不死蝶」にはそれまでの横溝作品のモチーフが多く取り入れられている。たとえば
・対立する名家
・莫大な資産を背負った娘
・そのヒロインを守る用心棒の巨漢
・ヒロインを守る家庭教師
・鍾乳洞
後半の展開にも、過去作品の谺が感じられる。
そういった、いわばセルフ・リメイクと言えそうな作劇法についてどう思うか。各自が喋り始めて、途中から次第にフリートークになってゆく。

「要素が多すぎて、全部入りでげっぷが出そうになった」
「いやいや、その多さに正史のサービス精神を感じる」
「掲載誌がミステリマニア向けではないからこそのサービス精神か」

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◆改稿について

 この作品は、初出版と文庫版とではテキストに多少の異同がある。その辺りを精査した参加者からいろいろ興味深い情報が。なんと、上記のような過去作品のモチーフは、大半が後付けなんだそうな。そして結末にも改変がある。特に結末は作品の重要なポイントなので、大きな話題となった。その辺りの詳細は、当然公開では書けない。

 個人的な宿題として、論創ミステリ叢書『横溝正史探偵小説選V』に収録されている初出版をちゃんと読まないといけない。

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◆参加者のお一人に、実に面白い調査資料を作っていただいた。洞窟探索に赴く警察署長、金田一耕助、その他関係者の面々。彼らの手には懐中電灯が三個しかなく、他に明かりと言えば裸蝋燭しかない。そんな状況で、複数グループに分かれた探索隊の間で懐中電灯がどのようにやり取りされたかの変遷表である。

 この表の妙味は、初出版で作った同様の変遷表との比較にある。初出版では、探索後半になって懐中電灯の扱いが曖昧になってしまう。そのため、誰がどの明かりで何を見ているのかはっきりしない。それに対して文庫版では最後まで懐中電灯の扱いが整理されており、つじつまが合っている。弱いところが改稿の際にきちんとケアされている例である。

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◆実在の鍾乳洞に行った経験談からの会話

「裸蝋燭で走るなんて無理無理」
「硬い岩盤に足跡は付かない」
「作品での足跡は、乾いた岩盤に付いた濡れた足跡」
「それでも見分けるにはよほど近寄ってみないといけないはず」
「逃げる犯人にとっては時間を稼げる状況だったのかも」

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◆愛すべきぼんくらキャラ、田代

八つ墓村の天真爛漫キャラは典子。こっちの天真爛漫キャラは田代。だが典子は有能なのに田代は何もできない」
「洞窟に入るとき懐中電灯を求めて由紀子に断られているが、初出版ではそれどころか彼の求めに誰もリアクションしていない」
「終盤も終盤の段階で、まだ好奇心が勝っている」(P267)
「しかもそれを金田一耕助に軽くあしらわれている」
「軽率な発言が実は犯人にとっては痛いところを突いている」
「"余計なこと言い"なんだ」
「ほぼ全員からたしなめらている」

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◆由紀子の造形について

「マリが二世と聞いて一時的に軽蔑を感じている」(P39)
「当時の日本人として珍しくない価値観なのかも」
「でもすぐに「お姉さま」なんて言い出すのがすごく良い」
「初出版ではやや幼めなのに、文庫ではちょっと大人びた造形になってるし、ロイド眼鏡も後付け」

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◆その他、細かなツッコミだとかいろいろ

「洞窟探索がやけにお手軽」
「迷い込んだら生きて還れないという、「八つ墓村」のようなサスペンスがない」

「新シンデレラにお近づきになれそうだと知った金田一耕助は、にやにやと呟いている」(P16)
「耕助の人の悪いところが出ている」

マリのセリフで、普通は「ありがとう」と言うのに臨時手伝いのお作さんにだけ「ありがとうよ」と言うのがすごく良い(P53)

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◆他にネタバレ非公開部分のキーワードを示すと、入国記録、あの造形でなぜあの行動、ナショナリズムと執筆年代、便箋を継ぎ足したんだろう、つるつるの紙になぜ気付かない、コンパクト関連の初出の扱いがひどい、ミステリ的なテクニックの上手さと拙さ、両家の確執に関する矛盾と解釈、といったところ。

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◆二時間はあっという間で、特にまとめもないまま終了。一応の共通認識として、いろいろ無理のある作品だけどミステリマニア向けではないし、深く考えてはいけないということに。