長編「特急「亜細亜」」は、思いがけない拾いものであった。発表が昭和十三年だというから、べったりとこびり付いた時局臭に辟易させられるかと心配していたのだが、実際読んでみるとさほどでもなかった。
序盤は、機密書類を持って脱走したロシア軍人を追うゲーペーウーの物語。ちょっとした翻訳スパイ小説のノリである。そして中盤以降は、主人公山崎ユキ子が運命に翻弄されつつ愛しい軍人様とすれ違い劇を演じる。これがなかなかテンポが良くて読ませる。
ところが、本全体としてみればやはり臭みがあって楽しい読書ではなかった。読み始めたのは月曜なのだが、あまりにしんどくて途中の一日を別の本に避難してしまったほどである。
巻末解題には、時局的言説を取り去って物語のエッセンスを捉える読み方が提唱されている。その方針は頷けるが、実践は研究者やマニアさんにお任せする。私の目に映ったのはせいぜい以下の如し。すなわち、「アジア大旋風の前夜」は暗躍する女スパイと暗黒街のボスとがからむB級アクション小説であり、「懺悔の突撃路」は保険金詐欺にまつわる犯罪小説である、ってなところ。
●三方面からいろいろ届いた。
『怪力男デクノボーの秘密』 F・グルーバー 論創社
『踊る白馬の秘密』 M・スチュアート 論創社
『金田一耕助語辞典』 木魚庵 誠文堂新光社
『少年少女探偵冒険小説選III』 楠田匡介 湘南探偵倶楽部
『暗い階段』 M・G・エバハート 湘南探偵倶楽部
いろいろ届いて、いろいろ素晴らしい。