累風庵閑日録

本と日常の徒然

『横溝正史探偵小説選IV』 論創社

●『横溝正史探偵小説選IV』 論創社 読了。

 贔屓にしている作家だけあって、やはり横溝正史は読んでいて楽しい。全体はおおまかに三部構成になっており、第一部は黒門町伝七捕物帳の六話である。特に気に入ったのは以下の作品。

 短いページに複雑なストーリーが凝縮された「雷の宿」と「通り魔」。真相がトリッキーだし、微妙ではあるが読み返すとはっきりそれと分かる伏線が嬉しい「船幽霊」。真相は割と単純だが、事件を取り巻く周辺状況が異様な「宝船殺人事件」。ってなところである。

 ところで正史が手掛けた伝七作品は、後に全て人形佐七ものに改稿されている。六編のうち四編は以前両者の読み比べをしているし、残りの二編「雷の宿」と「幽霊の見世物」については今回ごく簡単に読み比べをしてみた。今日の日記があまりにも長くなるので、その辺の話はばっさり省略するけれども。

「通り魔」、「宝船殺人事件」、「船幽霊」の三編については公開日記に当時の記録が残っているので、お暇な方は検索してみてください。

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 第二部は、お役者文七捕物暦の三編である。しかも以前徳間文庫で刊行されたバージョンではなく、初出誌版だというから嬉しいではないか。そして、それぞれが微妙に味わいが違っているのが楽しい。

 ちょいとお色気を交えた通俗スリラーの「比丘尼御殿」。殺人鬼が跳梁する猟奇ミステリの色合いが濃く、金田一シリーズの東京ものに改変しても違和感がなさそうな「花の通り魔」。複数のグループが宝の地図を奪い合うという、これぞまさしく大衆小説の王道「謎の紅蝙蝠」。ってなもんである。

 そのなかで特筆すべきは「花の通り魔」である。巻末解題によれば、初出版と東京文藝社の単行本版とでは物語の構成が多少違うという。個人的には、単行本版の方がずっといい。事件の背景となる情報を読者に提示するタイミングが変わっており、そのおかげで単行本版の方が猟奇ミステリの味がぐっと濃くなっているのだ。

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 第三部はジュブナイル時代長編「しらぬ火秘帖」。これがもう、ハチャメチャに面白い。かの快作「神変稲妻車」に匹敵する、トンデモ活劇なのである。

 その昔海賊が奪い貯めた巨万の財宝。その在処を記した七枚の永楽銭争奪戦が、基本ストーリーである。登場人物は眼元涼やかな美少年剣士、顔の火傷を頭巾で隠した妖女、樫棒を得物とする巨漢、猿の群れを操る怪童、蝙蝠を使役する忍術の達者など。まだまだ、造形が際立ちまくった者達はこんなものではない。彼らが互いに巡り合い、闘い、裏切り、時には捕らえられ時には絶体絶命の危地に陥る。

 彼らの立場はそれぞれ異なり、豊臣の残党、海賊一味、隠れキリシタンと様々である。それぞれがぞれぞれの志なり欲なり思惑なりに従って離合集散を繰り返しながら、物語は大きなうねりとなって流れてゆく。未完なのが残念だが、紆余曲折を楽しむ作品なので、致命的な欠陥にはなっていない。とにかく、読んでいる間ずっと面白いのは驚異的である。

●馴染みの書店に取り寄せを依頼していた本を受け取ってきた。
『ソーンダイク博士短編全集I 歌う骨』 R・A・フリーマン 国書刊行会