累風庵閑日録

本と日常の徒然

『帽子蒐集狂事件』 J・D・カー 論創社

●『帽子蒐集狂事件』 J・D・カー 論創社 読了。

 創元推理文庫の『帽子収集狂事件』をいつ読んだのか記憶が定かでないが、三十年以上昔なのは確実。当然内容はすっかり忘れているから、初読同然である。それでも、読んでいるうちになんとなく思い出してきた。したがって犯人もメインのネタもさほど意外に感じなかったが、そのシンプルさは買う。

 終盤で語られる、アーバー氏がロンドン塔から帰るときになぜ驚いていたか、というエピソードには強烈なサスペンスがあって秀逸。これぞカーという些細過ぎる伏線も、依怙贔屓している身としてはお馴染みの味わいで嬉しい。巻末解説では横溝正史の長編との関連が指摘されているけれども、むしろ某短編の方に直接的な影響が表れているように思うのだが。

 本書は、高木彬光翻訳セレクションと銘打たれている。趣旨からすれば訳文を味読するのがまっとうなアプローチなのだろうが、私は単純に作品を楽しませてもらうことにした。

 それでもあえて訳文に関してコメントするならば、読んでいるとどうも状況がはっきりしない箇所がある。その辺りを創元推理文庫版で確認すると、すっきりと把握できる。完訳版の方が当然、情報量が多く描写がきめ細かくなるので、副読本的に活用したわけだ。私にとって本書は、高木彬光が訳したという歴史的価値で読まれるべき本である。

 同時収録のJ・B・ハリス「蝋人形」は、グロテスクな味わいがちょっと面白い。

●書店に寄って本を買う。
『真・餓狼伝 巻ノ五』 夢枕獏 双葉社