●『脱獄王ヴィドックの華麗なる転身』 V・ハンゼン 論創社 読了。
ヴィドックの伝記小説である。ヴィドックについてはぼんやりと、盗賊から警察に転身したという程度のイメージしか持っていなかった。その生涯を読むことがまず面白い。単純に、物事を知る面白さである。
個々のエピソードは簡潔で短いので、少しばかり大河小説のダイジェストを読んでいるような気分ではある。なにしろ一代の傑物を丸々語ろうというのだから、詳細に書いていては大変な分量になるだろう。
様々な脱獄の手口には犯罪小説の、警察のトップになってからの活躍には警察小説の、それぞれエッセンスがあって読ませる。そして何より、フランス革命前後の大きなうねりの中でしぶとく生きてゆくヴィドックのキャラクターが最大の読み所である。実行力も決断力もあり胆力が備わり、知識が豊富で頭の回転が速く運動神経もある。そんな造形はあまりに完璧すぎて、読みながらちょいちょい冷静になるけれども。
巻末の訳者あとがきには、ヴィドックがモデルになった小説としてポーのデュパンシリーズや「レ・ミゼラブル」、「モンテ・クリスト伯」等が挙げられている。ここでふと思い浮かんだのが、ホームズシリーズの「恐怖の谷」なのだが。