累風庵閑日録

本と日常の徒然

『真紅の腕』 アルス・ポピュラアー・ライブラリー

●『真紅の腕』 アルス・ポピュラアー・ライブラリー 読了。

 大正十三年に刊行されたミステリアンソロジーである。五編の中・短編が収録されている。表題作、ジー・エフ・アワースラー「真紅の腕」はちょっとした珍品。殺人予告の電話、二階の部屋を足がかりのない外から覗きこむ顔、出口のない部屋から消え失せた二人、そして「真紅の腕が……」と口走りながら息絶える被害者。なかなか道具立てが賑やかである。

 だがその真相は(伏字)だし、解決に至る筋道は強引。付随する不可能興味ネタも、あまりの他愛なさに失笑しそうになる。つまり、珍妙という意味の珍品。

 探偵役はレオナード・リンクス博士。偉大な科学者で、隠遁して後犯罪学に熱中し始めたという。これがシリーズキャラクターなのかどうか不明だが、名探偵が奇怪な事件の謎を解くという、ミステリの基本構成は備わっているわけだ。

 長谷部史親「探偵小説談林」によれば、アワースラーとは「世紀の犯罪」を書いたアンソニーアボットの本名らしい。ついでに書いとくと、長谷部史親の「真紅の腕」評は、幼稚、古色蒼然、通俗、といったところ。

 ヘルマン・ランドン「愛の賊」は、侠賊ピカルーンもの。この作者のグレイ・ファントムシリーズは何作か読んだことがあるが、こちらのシリーズは初めてだ。とはいえ際立った特徴があるでなし、よくあるパターンである。義侠心に富む怪盗が、隠された事件の謎を解き美人の危難を救う。

 ピカルーンの表の顔デールと、彼の親友で探偵サンマースとの、丁々発止のやり取りがひとつの読み所。なにしろサンマースはデールこそがピカルーンの正体だと確信しており、どうにかして逮捕できるだけの証拠をつかもうと必死なのである。

 エドワード・レオナード「恐怖の家」は、謎の設定は悪くないのだが。ナイフを持った幽霊が出ると噂のある屋敷で起きた刺殺事件。事件当時、屋敷から出入りできないよう入り口も窓も締まりがしてあった。幽霊が殺したのか?

 探偵役はモーラなる人物で、職業ははっきりしないながらも「仕事は多く辯護士と探偵から依頼されるものだつた」とのこと。この人物の特技とその扱い方がちと困りもの。終盤の展開なので詳しくは書けないが、これではまるで魔法か超能力で事件を解決するようなものではないか。傑作というよりケッサクである。

 ジャック・ボイル「夜半の劇」はちょっとした犯罪コント。この切れ味は悪くない。クラレンス・メイリイ「幽霊帳」に仕掛けられた意外性は、だいたい予想できる範囲である。題材も展開も特にコメントしたくなるようなものではない。

●久しぶりにブックオフを覗いて一冊購入。
『殺人者はまだ来ない』 I・B・マイヤーズ 光文社文庫
 なかなか見つからないのでしびれを切らして、図書館から雑誌「EQ」連載時のコピーを取り寄せたのが去年の十月である。それで読めるからもういいはずなのだが、せっかく現物に出くわしたから買っておく。