累風庵閑日録

本と日常の徒然

『番町皿屋敷』 四代目旭堂南陵・堤邦彦編 国書刊行会

●『番町皿屋敷』 四代目旭堂南陵・堤邦彦編 国書刊行会 読了。

 副題に「よみがえる講談の世界」とある。明治時代に刊行された講談速記本の翻刻だそうで。特別付録として、南陵師匠が語る皿屋敷の口演CDが付いている。

 皿屋敷の物語をちゃんと読むのは初めてだ。こんなにいろいろプレストーリーがあるとは知らなかった。吉田屋敷の千姫御乱行から語り始め、更地になった吉田御殿址を拝領した青山主膳の苛烈な行跡を語り、首切り役人平内兵衛のエピソードに続く。

 全十三席のうち半分近くの第六席、大盗賊向坂甚内のエピソードに移行してからようやく、キーパーソンのお菊が物語に登場する。ただし、甚内の娘お菊はこの時まだ六歳。本格的に物語に絡むのは、まだまだ先のことなのであった。

 上記のような構成も意外であったが、肝心の幽霊が祟りをなすエピソードが全体のごくわずかなのも意外。巻末解説にあるように、むしろ仏の功徳による怨霊鎮魂譚の方に力点が置かれているようだ。

 その巻末解説が興味深い。中国の怪異譚の翻案である「牡丹灯籠」や鶴屋南北の筆によって流布した「四谷怪談」と異なり、「皿屋敷」は口碑伝承にルーツを持つという。そこに仏教のプロパガンダとしての高僧による怨霊済度のエピソードが融合して、今に残る話型が成立したそうな。

 お菊の幽霊が成仏するに際して献上した皿が、あちこちの寺に寺宝として存在する。「舌耕文芸と仏教界の切っても切れない関係性をものがたる」だそうで。なかなかに微笑ましいではないか。

 さて、本文を読み終えて付録のCDを聴いてみた。前半の、上記プレストーリーをばっさりカットしてあるのは歓迎。夾雑物が無くなってすっきりしたように感じる。本来の講談享受のあり方とは違うのかもしれないが。