収録の三長編を、先月から一編ずつ読んでいった。
「ホック氏の異郷の冒険」
その昔角川文庫で読んでいるが、内容は全く覚えていないので初読同然である。一歩一歩着実に事件がほぐれてゆく展開が私好み。隠し場所に関する伏線も、なるほどと思う。ホームズパスティシュとしても上出来であった。ホームズネタのくすぐりが多く散りばめられているし、それぞれの章題が原典の題名を連想させる遊びも面白い。
主人公の立ち位置が沁みる。医師として海外留学し世界最先端の医学知識を学びたいとの志に燃えるも、結局落ち着いたところは市井の開業医。このまま平凡な人生を終えるのだろうと静かな諦念を抱く日々である。そんな中持ち上がった大事件の渦中で生涯忘れられない体験をし、英人ホック氏という友人を得る。今後死ぬまで平凡な毎日のままだとしても、この体験の記憶のおかげで、それ以前と以後とではまるで別の人生であることだろう。
明治時代が舞台なのも胸に迫る。国家体制が改まり、西洋に伍す近代国家構築を目指してがむしゃらに突き進んでいった時代。ゆがみや矛盾を抱えながらも、とにかく前を観て未来を目指すその活気とエネルギーとは、羨ましいものがある。
「ホック氏・紫禁城の対決」は、ホック氏と悪の組織との闘争を描くアクション&サスペンス。尖がった部分がなくて分かりやすく、すいすい読める佳品。
続編「ホック氏・香港島の挑戦」になるとアクション映画のノベライズのような娯楽色が一層強まり、なかなかゴキゲンである。例えばガイ・リッチーのやつだとか、ああいったホームズ映画のノリだ。催眠術を使う道士や双生児の暗殺者なんぞが出てくるし、アクションシーンも増し増しである。