累風庵閑日録

本と日常の徒然

『天皇の密使』 J・P・マーカンド 角川文庫

●『天皇の密使』 J・P・マーカンド 角川文庫 読了。

「ミスター・モトの冒険」という副題が付いている。舞台設定は満州国成立後の中国、日ソ対立が国際的注目を受けていた時期である。視点人物はアメリカの青年ゲーツ。心に屈託を抱いて、モンゴルに行こうとしている。その素性も屈託の内容も、モンゴルでの目的もどうも曖昧で、中盤まで明らかにならない。これでは感情移入が難しい。

 代わりに興味の対象となるのが、主人公モト氏である。礼儀正しい態度と温厚な笑顔の向こうに、時折見せる氷のような目つき。何をたくらんでいるのか分からないが、どうやら大きな目的に向けて事態の調整と修正とに忙しい。

 作品のメインテーマは、とあるシガレット・ケースにまつわる国際謀略である。陰謀に巻き込まれたゲーツは、時にモト氏の指示に従って持ち駒として動き、時に反発して独自の行動をとる。

 サブテーマとして、ゲーツがモト氏とのやりとりを通じて人間的に変容してゆく様が描かれる。巻末の訳者あとがきによると、サブ主人公の成長がシリーズの特徴のひとつだそうで。そういえば、既読の論創海外「サンキュー、ミスター・モト」にも同様のテーマがあった。

 以前はちょいちょい読んでいた冒険小説のように、起伏がありスピード感がありサスペンスがありで、これは読んでよかった。「黒服の刺客」の章で、ゲーツと怪しげなハンビー大尉とが握手を交わすところなんざなかなか緊迫感のある名場面である。

 ところで、結局モト氏の目的ってえのがいまいちピンとこなかったのだが。私の読解力の問題なのだろう。そのせいでカタルシスが万全でないのがちと残念。

 本書はシリーズ第三作だそうで。第一作が雑誌『EQ』に訳載されているという。気が向いたらコピーを取り寄せてみる。

●定期でお願いしている本が届いた。
『マクシミリアン・エレールの冒険』 H・コーヴァン 論創社
『オールド・アンの囁き』 N・マーシュ 論創社