累風庵閑日録

本と日常の徒然

『生ける寶冠/孔雀の樹』 ドウーゼ/チエスタートン 春陽堂

●『生ける寶冠/孔雀の樹』 ドウーゼ/チエスタートン 春陽堂 読了。

 昭和五年刊の、探偵小説全集第十一巻である。ドウーゼ「生ける寶冠」は、主人公レオ・カリングが不可思議な宝冠盗難事件に取り組む長編。他人の素性をズバリと言い当てて度肝を抜くカリングの振る舞いが、いかにも昔の名探偵らしくてなんとも。

 盗難事件はやがて殺人事件へと発展する。クラシカルな味わいの本格ミステリだと思っていたら、次第にスリラー色とメロドラマ色とが強くなってゆく。カリングの探偵活動も、やけに自由奔放である。

 仕込まれているネタのひとつは、あまりにあからさまなので早い段階でそれと気付く。直接事件と関係ないもう一つの大ネタは、なんとも時代がかっていて馬鹿馬鹿しくなる寸前の面白さ。

 読み終えてみるとどうもこれは、黄金時代前夜の作品のようだ。ぬけぬけと(伏せ字)なんて使っているし、真相解明後に初めて読者に示される手がかりがちょいちょいあるし。

 パウル・ローゼンハイン「乾板上の三人」は、思いがけない拾い物であった。コペンハーゲンを舞台に、アメリカの探偵ジョン・ゼンキンスが活躍する。彼が取り組むのは、写真家と林檎売りとにまつわる奇妙な事件である。

 依頼人の写真家が、ある人物の注文で街頭スナップを撮った。二人の林檎売りが喧嘩をしているところである。ところが、その撮影以前に他にも二人の写真家が別々の場所で林檎売り達の喧嘩を写していたことが判明する。しかもその二人の写真家はどちらも撮影後に襲撃されて、乾板も焼き付けた写真も奪われてしまっていた。

 解決部分の荒っぽさも含めてどこか長閑さの漂う展開は、短編が主流だったころの探偵ものの味で好ましい。