累風庵閑日録

本と日常の徒然

『時間の習俗』 松本清張 新潮文庫

●『時間の習俗』 松本清張 新潮文庫 読了。

 容疑者の鉄壁のアリバイに、三原警部補が挑む。一点だけ、どうしても気になる設定がある。そもそものスタート地点に、合理的な根拠がないのだ。なんとなく引っ掛かるというだけで、警部補は執拗な追求を始める。なぜそこまでこだわるのかどうもぴんとこないし、なんとなく突っ走った方向が正しかっただなんて、作者が解決するように書いたから解決したんでしょ、と思ってしまう。

 それはそれとして、全体は面白かった。私好みの足の探偵の味わいが、これでもかとばかりに満ち満ちている。犯人の計画はよく練られているし、アリバイのキモとなる趣向がとにかく手ごわくて読みごたえがある。ただ、その計画は(伏字)。これも気になると言えば気になる。もっともそんな視点は、アリバイ崩しミステリを楽しむためには念頭から取り去っておいた方がいいだろう。

 以下、余談。福岡に生まれ育った私としては、馴染みの地名が出てくるのも楽しい。作中に出てくる武蔵温泉は、今は二日市温泉の名称の方が通りがいいだろう。「博多湯」という日帰り施設がいい感じである。都府楼にほど近く、作中にもちらりと名称だけ出てくる観世音寺は、その宝物館が素晴らしい。仏像に興味があるなら訪れて損はない。