累風庵閑日録

本と日常の徒然

『捕虜収容所の死』 M・ギルバート 創元推理文庫

●『捕虜収容所の死』 M・ギルバート 創元推理文庫 読了。

 時は第二次大戦後期。イタリアの降伏が間近とみられている時期である。イタリア軍が管理する捕虜収容所の地下に、英国兵の手によって密かに脱走用のトンネルが掘り進められていた。イタリアが降伏したら、捕虜はドイツに引き渡される可能性がある。その前にぜひとも脱走を成功させなければならない。そんなとき、四人がかりでないと入り口の隠し戸が開けられないはずのそのトンネルの奥で、死体が発見された。

 本格ミステリとタイムリミットサスペンスと、さらには冒険小説の味もあって、それらが渾然一体となって密度の高い物語になっている。イタリア不利の戦況が収容所の空気にも反映されて徐々に緊迫感が高まる中、探偵役の大尉はそれまでに見聞きした様々な断片をパズルのピースのように正しい位置に当てはめてゆく。

 こいつは傑作。どこがどう傑作なのかは、実は巻末解説に書き尽くされているので追加で書くことはあまりないんだけれども。一カ所、とある記述にあれっと思った。ある人物の台詞で、「(人物A)はシロだ。この物語の探偵はこいつなんだから。(人物B)は容疑者として捕まった以上、探偵小説の常識からしても犯人のはずがない」とある。ミステリの登場人物が、これは小説じゃなくて現実の事件だといった台詞を吐くのは珍しくないが、逆の方向性の台詞はあまり見かけない。シリアスな雰囲気の小説の中に作者が仕込んだお遊びなのだろうか。