累風庵閑日録

本と日常の徒然

『食道楽』 村井弦斎 岩波文庫

●『食道楽』 村井弦斎 岩波文庫 読了。

 いやはや、これはしんどかった。メインのストーリーはある登場人物の結婚問題だが、それはむしろ付け足しで。ページの大部分は滔々たる蘊蓄の洪水である。その蘊蓄も料理法だけに止まらず、食材の善し悪しの見極め方、栄養と健康との関係、いわゆる食育の問題、といった方面に拡散する。それどころか、著者を代弁していると思われる人物の長広舌は対象を際限なく広げ、政治、教育、文学と、改行のない文章でもって言いたい放題である。

 これがしんどいってえのは、新聞連載ということもあってかなにかと繰り返しが多いのである。書かれたのは明治時代だから、読者が西洋料理に馴染みがないものと想定してるのか、今の目で見ると記述がくどい部分もある。献立にフライものを出すとき、フライ、と書かないのだ。メリケン粉を両面に付け玉子の黄身にて包みパン粉を付けて油にて揚げるフライ、という書き方をする。フライ料理がやたらに出てくるのに、その度にこんな記述が何度も繰り返されるのを読むと、いい加減うんざりしてくる。

 出てくる料理がまた大変なもので。肉を四時間煮て、別に野菜を二時間煮て裏ごししたものと合わせて味を調えてまた二時間煮る、なんて代物が多い。ちょいと真似してみようなんてのはなかなか難しい。

 また、登場人物達の言動も大したものである。この作品に限らず昔の小説でちょいちょいお見かけするのが、一人の人間と天下国家との距離の近さ。文筆家たるもの、文章によって人々を善導しもって国家を文明化し発展せしむることこそ天命である、ってな主張が出てくる。教えられた新式料理を仲間内の食事会で披露することになったら、それで食の発展を天下に知らしめる、などとのたまう。まったく、恐れ入る。

 これが千ページ近く続くのだ。いやはやどうも、しんどかった。

●書店に寄って本を買う。
十津川警部と七枚の切符』 西村京太郎他 論創社
『英国クリスマス幽霊綺譚傑作集』 夏来健次編 創元推理文庫