●『七之助捕物帖 第一巻』 納言恭平 捕物出版 読了。
まずはざっと、主人公とその周辺の設定を整理しておく。捕物名人と謳われた父親の後を継いだ七之助だが、道楽三昧に身を持ち崩し、いまだかつて御用らしい御用を勤めたことがない。そんな彼に愛想をつかし、三十人からいた先代の乾児もひとり去りふたり去り、今では巾着切り上がりの音吉が残るのみ。そんな七之助がふとしたことからやる気を出したのが、第一話「生きていた小町娘」である。
柔術は免許皆伝、取縄捌きの腕前は名人級、昼寝が好きで、暇なときは道楽している時に覚えた三味線を抱えていようというのが七之助のキャラクターである。住処は花川戸。風貌に関する描写はほとんどなく、第六話「業平御殿」に「人並より大ぶりな格好のいい鼻」と書いてあるくらいである。事件への取り組み方は聞き込みと直感。こういう大衆娯楽作品に伏線やロジックの興味は最初から期待していないので、その辺はまあどうでもよろしい。
ライバルは神田雉子町の御用聞木兎の籐兵衛。七之助を贔屓にしているのが八丁堀の与力成瀬陣左衛門と、同心浜中茂平次。音吉は、事件にからんで頭に大きなたん瘤をこしらえたことから、時折こぶ吉と呼ばれている。以上、言ってみれば型通りの設定である。作品も、まあ捕物帖であるな、という感想を持つものが多い。その中でちょっと面白く思えた作品についていくつか、以下にコメントする。
「伊勢屋事件」は、殺されたはずの人間が数日後平気で暮らしていた。その殺人を目撃した者は狸に化かされたと思っている。という不可解さを前面に出した話。真相は(伏字)なんかを持ちだして他愛ないけれども。「獄門首異変」は、切り落とされた首と胴体とがパズルのように入れ替わる。真相の複雑さを十分説明するには少々ページが足りないようだ。
「さかさ天一坊」は、貧乏浪人の元に貴公はある大名のご落胤だという使者が訪ねてきて高額の支度金まで渡したが、その後音沙汰無しになっているという事件。詐欺ともいえぬ奇妙な状況が面白い。真相は他愛ないけれども。「青空呪文」は、偶然か意図的なのか定かではないが、チェスタトンの「(伏字)」と同じ趣向が使われている。
特筆すべきは「業平御殿」、「嘆きの黒ン坊」、「口笛の謎」の三作である。なんとこれらはホームズネタを流用しているのだ。「業平~」は複数のホームズ作品から要素を拝借している。構成員は大人だけれども「花川戸義勇隊」なんてのが出てきて、ベイカー街遊撃隊を思わせる。「嘆きの~」はあるホームズ作品をまるごと翻案したもので、なかなかの出来栄え。「口笛~」は部分的にホームズものを素材としているが、その改変の方向性が異様。それになんと、起きる事件は密室殺人だ。この三作品を読めただけでも、本書を手に取った意義があろうというものだ。