累風庵閑日録

本と日常の徒然

『アガサ・クリスティーの秘密ノート』 A・クスティー&J・カラン クリスティー文庫

●『アガサ・クリスティーの秘密ノート』 A・クスティー&J・カラン クリスティー文庫 読了。

 上下巻七百ページ超の大物である。内容は、クリスティーがノートに書き残した、創作に当たって試行錯誤した痕跡を解析したもの。マニア向けの本である。各作品の内容をきちんと覚えているようなマニアさんにとっては、記された言葉の断片を作品の該当場面と照らし合わせる作業は興味が尽きないことであろう。

 だが私のように、ただ読んでただ面白がっているようなファンはそういう訳にはいかない。昔読んだ作品なんざ、きれいさっぱり忘れている。申し訳ないが割と流す感じで読んでしまった。ひとまずクリスティーのミステリを全て読んでネタバレの憂いをなくしてから、改めて本書を参照しつつ各作品を再読するのが、最も楽しめるアプローチなのかもしれない。

 本書の個人的な意義は、上下巻それぞれの巻末付録にある。それぞれに新発見の短編が収録されているのだ。上巻には短編集『ヘラクレスの冒険』に収録された第十二話「ケルベロスの捕獲」の別バージョン。内容はポリティカル・スリラーといっていい。なんとまあ、呆れるほど素朴で楽観的である。下巻に収録の「犬のボール」は、ちょっとした良作。短い中に伏線だの皮肉な展開だのを盛り込んで、密度高めに仕上がっている。前置きとしての、作品が書かれた時期を絞り込んでゆく考察も興味深い。

 もう一点興味深かったのが、上巻百二十七ページにあるリストである。短編を長編化した作品や、同じ趣向を再利用した作品を整理したもの。改稿ネタは好物なので、今後クリスティーを再読する際には役に立つ情報である。

●先日、Xのスペース企画「『金田一耕助の冒険』をネタバレで語ろう」の準備のために課題図書を再読した。その時以来頭に引っ掛かってもやもやしていた宿題がある。収録作「夢の中の女」は、元ネタだか改稿作だかが人形佐七ものにありそうな気がするのだが、どの作品か思い出せないのだ。

 それが今になってようやく、人形佐七ものの「紅梅屋敷」が原形になっていると分かった。それどころか、由利先生シリーズの「黒衣の人」が、佐七もののさらに原型になっているのであった。つまり、「黒衣」→「紅梅」→「夢」という流れである。もともと「夢の中の女」の原題は「黒衣の女」なので、元に戻ったともいえる。いつかこの三作を読み比べてみたい。過去日記をチェックすると、十二年前に「黒衣~」と「紅梅~」の比較だけはやっているのだが、今となっては当然全て忘れている。

●定期でお願いしている本が届いた。
『欲得ずくの殺人』 H・ライリー 論創社