累風庵閑日録

本と日常の徒然

『小酒井不木探偵小説選』 論創社

●『小酒井不木探偵小説選』 論創社 読了。

 少年科学探偵塚原俊夫シリーズの全編を収録したそうで。読めること自体は素晴らしいが、まあジュブナイルだから、内容に過度の期待をしてはいけない。どこか一カ所でも目に留まる美点があれば上出来だろう。と、そのような姿勢で読んだ。

 多少なりとも気に入った作品の題名と、詳しくは書けないのでそれぞれのキーワードだけを書いておく。「暗夜の格闘」の麻酔薬の処理、「髭の謎」の蝙蝠からのつながり、「頭蓋骨の秘密」の復顔術の活用、「紫外線」の人を喰った暗号、といったところ。畳みかけるように手掛かりが提示される「塵埃は語る」や、一応は推理らしい推理が展開される「現場の写真」などもいい感じ。

「深夜の電話」は、空き家で発見された死体が消え失せたというのがひとつの趣向。さてその真相は……って、なんだこれは。とんだ失笑もので、それ故に印象に残る作品である。

 最も面白かったのが「墓地の殺人」で。シリーズ最長のページ数を確保して、一歩一歩捜査を進める過程や、「蓋然の法則」による推理や、読者への挑戦といったミステリらしい趣向が盛り込まれている。

 当時最新の科学知識や新技術を駆使して犯罪を解決する展開は、先日読んだ科学者探偵クレイグ・ケネディものと似た味わいがある。

●塚原少年ものは、主婦の友社から出たTOMOコミックス、古城武司『少年科学探偵 消えたプラチナ』で劇画化されている。「暗夜の格闘」、「紫外線」、「塵埃は語る」の三編が、それぞれ「消えたプラチナ」、「盗まれたネックレス」、「さらわれた少女」の題名で収録されている。たまたま手元にあるので原作と読み比べてみた。

 するとなんとまあ、その完成度に驚いてしまった。キャラクターが膨らみ、俊夫君の造形には原作にあった、知能が肥大した怪物のような不気味さがなくなっている。影の薄い語り手だったボディーガード格の大野が、コメディリリーフとして確たる存在感を示している。ストーリーもアレンジと肉付とが施され、謎あり推理あり活劇あり、起伏があってスピーディーなミステリ劇画に発展している。特に驚いたのは「盗まれたネックレス」で。劇画ならではの、視覚的な伏線が追加されているではないか。いやはや、感心した。