累風庵閑日録

本と日常の徒然

『山下利三郎探偵小説選I』 論創社

●『山下利三郎探偵小説選I』 論創社 読了。

 今日はどうもがっくりして気力がないので、簡潔に済ませる。

 全体として明るいトーンの作品が多く、さくさく読めた。そこかしこに漂うとぼけた味わいと、軽いものではあるがロジック志向とが好ましい。前者の要素の例としては吉塚亮吉シリーズと、「小野さん」、「正体」、「虎狼の街」を挙げておく。後者の例としては私立探偵春日シリーズを面白く読んだ。

『ポケットにライ麦を』 A・クリスティー クリスティー文庫

●『ポケットにライ麦を』 A・クリスティー クリスティー文庫 読了。

 被害者のポケットに入っていたライ麦や、ある場面に登場する洗濯バサミといった小道具の意味が、マープルの指摘によって突然判明する。(伏字)がモチーフだってことは読む前から知っていたから意外性はないけれども、この場面の盛り上がりにはわくわくする。ミステリによくある、今まで見えていた世界ががらりと様子を変える瞬間の醍醐味、というやつだ。本編読了までは読まないことにしている裏表紙の粗筋には、その辺りのことがはっきり書いてあった。

 真犯人にはあまり感銘を受けなかったし、犯行手段も好みから外れる部分があるけれども、根幹となる趣向はなるほど、と思う。結末もいい具合にキマッテいる。ちと出来すぎという気がしないでもないが。

 それよりも気に入ったのが、犯人を読者の目から逸らすクリスティーのテクニックで。ある人物を配してある行動をさせ、関連して別のある人物にはある重要な指摘をさせている。……これだけでは何が何だか。

人車鉄道

宮城県大崎市の御本丸公園で、コスモス祭りというのをやっている。期間中、かつて当地で実際に旅客営業をしていた人車鉄道の、復元運行があるというので乗りに行ってきた。

●仙台駅で荷物をロッカーに預け、身軽になって在来線で松山町駅へ移動。そこから御本丸公園まで、三十分ほど歩く。しんどい行程だが、これも有酸素運動になると思えばいい。それに、中学生の頃は学校まで毎日片道四十分歩いていた。それよりも近いのである。

●人車鉄道はなんとも素朴で簡素。乗り心地はとうてい良いとは言い難い。スピードが遅いから揺れは少ないが、ゴリゴリとした振動が座席の下から伝わってくる。公園内のU字型コースを、三人の曳き手によってゆっくりと運ばれて、数分間の乗車を終えればもう目的を達した。駅に戻って、寄り道せずに真っ直ぐ帰宅。

 

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『林不忘探偵小説選』 論創社

●『林不忘探偵小説選』 論創社 読了。

「釘抜藤吉捕物覚書」と「早耳三次捕物聞書」と、両シリーズを全編収めた優れものの作品集である。前者のシリーズは、まず主人公の造形が良い。残された手掛かりと広い見聞とを基に、鋭い推理で事件を解決する名探偵である。藤吉は、桟に残された傷を”読み”、死体の下の土の湿り具合を”読み”、泥の足跡を”読む”。一方犯人の企みもまた、なかなかの読み応えである。密室殺人の偽装、犯行現場の偽装、長期間に渡る大掛かりな詐欺、逃亡するための奇天烈な仕掛け、等々。 

 気に入った作品は、ある描写の意味が終盤でぐるっとひっくり返る「梅雨に咲く花」、犯人設定にも犯行手段にも手がかりの出し方にも、濃厚なミステリ味が漂う「三つの足跡」、いくら時代物だからってそんなテキトーな、と思っていた描写が突然現実的な色彩を帯びる「槍祭夏の夜話」、誰もいないはずの二階へするすると吊り上げられる縊死体という不可能興味の「宙に浮く屍骸」、といったところ。 

「影人形」の謎も魅力的。寄席の楽屋廊下での殺人。力自慢の大男が、抵抗した様子もなくあっさり絞殺される。しかも犯行当時、現場には被害者以外誰もいなかった。真相はどうも釈然としないけれども。 

 ネタバレを避けるためにどこがどう気に入ったかは書かないが、「雪の初午」もいい感じ。コメントは付けないが、その他の作品もたいていミステリ趣味が漂っていて、気に入った。 

 ミステリの出来栄えとは別の方面で突出しているのが「巷説蒲鉾供養」で、まったくもってこの作品は異様である。それに輪をかけてとんでもないのが「悲願百両」で。なんと怪奇小説の名作(伏字)の翻案なのだ。理知と現実との捕物シリーズが、ふいっと怪奇な幻想に逸脱する。しかもこの作品、換骨奪胎ぶりが実にお見事で、なんとも嫌な不気味な怪奇編に仕上がっている。 

「早耳三次捕物聞書」シリーズの四編も、それぞれちょっと気の利いた趣向が盛り込まれており、ゴキゲンである。 

●午後イチでジム。筋トレと有酸素運動とで汗を流す。このところ体重は目標値前後をキープできている。この状態を今後も維持できれば、六月から再開して真面目に取り組んできた減量は達成できたと言っていい。もうしばらく様子を見る。 

●この日記をアップしてから、電車に乗って東京に出る。オフ会があるのだ。

『ハイチムニー荘の醜聞』 J・D・カー ハヤカワ文庫

●『ハイチムニー荘の醜聞』 J・D・カー ハヤカワ文庫 読了。

 外部から侵入できないはずの屋敷をうろつく、縞ズボンの怪人物。書き様によっては大いに盛り上がりそうな題材なのに、実際の描写はやけに淡泊である。それどころか、事件そのものが軽く扱われているように思えるのだが。代わりに多くの割合でもって語られるのが、主人公の惚れたハレたの状況と、ロンドンでの行動である。中盤で、(伏字)してしまうのにはちょっと驚いた。巻末でカー自身が、この作品は往時の社会を描くことが目的という意味のことを書いているから、こういったバランスは意図的なものかもしれない。

 根幹をなす趣向は極めて分かりやすく、早い段階で犯人に気付いたので、意外性はない。犯行手段は私の好きではない(伏字)タイプである。手がかりの出し方はいつものカーで、ちょっとした片言隻語が重要な意味を持ち、些細すぎるので読んでいる間は気付けるはずもない。

 以上のことから結論としてつまらないかというと、いやいやそうではない。カーだ、というだけで満足である。カーは偏愛する作家なので、依怙贔屓する。真相に関連してちょっと感心した点がいくつかあるのだが、もちろん公開では書けない。自分の心覚えのため、非公開で以下の段落に書いておく。

『戸田巽探偵小説選II』 論創社

●『戸田巽探偵小説選II』 論創社 読了。

 好みからして、どうも歩留まりの悪い短編集であった。結末で残念な方向にずっこけてしまうような作品が続くと、読んでいて冷静になる。

 オチのある掌編は面白かった。作品名を挙げると、「ビロードの小函」、「屍体を運ぶ」、「夜汽車の男」、「もうひとつ埋めろ」といった辺りである。なかでも「屍体~」は、題名が表す状況がいかにも型通りのサスペンスで、典型好きとしては好ましい。「落ちてきた花束」は、小道具としての服の使い方に注目。「ギャング牧師」は、掴み所のない展開に不思議な味わいがあるが、こういうのは一編だけでいい。「朝顔競進会」はミステリとは言い難いが、主人公が少々情けなくもあり可笑しくもありで、応援したくなる。

月光殺人事件

●書店に寄って本を買う。
『月光殺人事件』 V・ウィリアムズ 論創社
『川野京輔探偵小説選I』 論創社
『紅殻駱駝の秘密』 小栗虫太郎 河出文庫
『100分de名著 ウンベルト・エーコ 薔薇の名前』 和田忠彦 NHK出版

薔薇の名前』は、その昔刊行を待ちわびるようにして買ったにもかかわらず、以来幾星霜いまだに読んでいない。而立書房の関連本もなんとなく二冊買ってあるのに。薔薇や薔薇や汝を如何にせん。

『フランドルの呪絵』 A・P・レベルテ 集英社

●『フランドルの呪絵』 A・P・レベルテ 集英社 読了。

 これは面白かった。ふとした気まぐれで買って積ん読二十三年、思わぬ拾い物であった。絵画に隠された五世紀前の殺人の謎と現代の事件とが交錯するサスペンスである。

 文章は、良く言えば丁寧、悪く言えばセンテンスが長くてくどい。読み進めるのがちとしんどい。二段組みで改行が少なくみっちり詰め込まれた文章でもって、情景も登場人物達の感情のゆらぎも、じっくりと描かれる。一方で、展開はそつなく型通り。だからこそ、その面白さは実に分かりやすい。

 昔の殺人を解明するための鍵になるのが、描かれたチェスの譜面で。その謎に取り組むチェスの天才ムニョスが、なかなか魅力的なキャラクターである。臆病で、無気力で、だらしない。けれども一度チェスに向かうと、たちどころに目付きが変わり頭脳がフル回転を始める。

 敵役は謎のチェスプレイヤー。自らは正体を隠したまま、生身の人間を駒に見立てたチェスの勝負を、主人公達に仕掛けてくる。中盤以降は現代の事件をとりまく不気味さが次第に強まってゆき、なんとなく、ダリオ・アルジェントの『サスペリア2』なんかを連想する。原作はスペインの本なので、その連想はちょっとずれているけれども。

『西尾正探偵小説選II』 論創社

●『西尾正探偵小説選II』 論創社 読了。

 結局通読することにした。疲れた。

 最も気に入った怪奇小説は、オチが秀逸な「墓場」であった。ところがこの作品、どうやらラヴクラフトが下敷きになっているそうで。そういうことなら、元ネタは創元推理文庫の全集で読んでいるはずだ。どうりで既視感がある。最も気に入ったミステリは、構成が整っている「誕生日の午前二時」であった。ところがこの作品、どうやら西尾作とは確定していないそうで。こうしてみるとやはり、西尾正本来の作風とは相性が合わないようだ。

 それでも、多少なりとも面白く読めた作品を挙げておく。「跳び込んで来た男」と「路地の端れ」は、夢や妄想が現実を侵食する不安定さを描いて秀逸。「幻想の魔薬」は、ホームズ譚にもある着想を一層グロテスクに拡張した魔薬のアイデアが面白い。これも海外作品が元ネタのようだけども。「地獄の妖婦」はオーソドックスな形式の怪異譚で、典型好きとしてはこういうのも嬉しい。