累風庵閑日録

本と日常の徒然

黒手組変化

創元推理文庫戸板康二を途中まで。大部の本なので一気には通読できない。明日から別の本を手に取ることにする。それはそれで厚い本なので、読了は来月に持ち越すことになるだろう。

●書店に出かけて本を買う。
『恐ろしく奇妙な夜』 J・T・ロジャーズ 国書刊行会

●注文していた本が届いた。
『稲妻左近捕物帖 第四巻 黒手組変化』 九鬼紫郎 捕物出版

『ブラックランド、ホワイトランド』 H・C・ベイリー 論創社

●『ブラックランド、ホワイトランド』 H・C・ベイリー 論創社 読了。

 がけ崩れの土砂の中から偶然、十数年前に行方不明になった少年と思われる人骨が発見された。文字通り埋もれていた過去の死が、現在に不穏な空気を醸し出す。地味派手ともいうべき展開がじわじわと面白い。少年の死は事故か自殺か殺人か。フォーチュン氏と地元警察とが調査をするが、どうにも決め手がない。そうこうするちにこれまた別の、事件とも事故ともつかぬ出来事が次々に発生する。殺人だ!奇怪な謎だ!ってな盛り上がりがないままに、何人もの人間が奇禍に遭う。

 探偵がロジックを駆使して、全てのピースをきちんとあるべき場所にはめ込むようなタイプではない。結末に至って(伏字)。それでもミステリを読んだ満足感があるのは、伏線がお見事だからなので。途中にごくさりげなく、些細でいながら決定的な矛盾が埋め込まれてある。こういうのは嬉しい。

 フォーチュン氏はいかにも名探偵らしく、地元警察に対し歯に衣着せぬダメ出しをする。さらにはスコットランドヤードの協力を得て、独自の調査に取り組む。ないがしろにされた地元警察のバブ警視は、己の対応能力が及ばないこともあって苛立ちを募らる。この辺り、能力に長けた者に状況を振り回されてじたばたする凡人という構図は、同じく凡人の私としては身につまされるものがある。

 初めて読んだフォーチュン氏ものの長編は、十分に面白かった。ぜひまた長編を訳して欲しい。もちろん短編集も訳して欲しい。

「改造社の『ドイル全集』を読む」プロジェクト第三十二回 「白衣組」

●「改造社の『ドイル全集』を読む」プロジェクトの第三十二回。今回は第七巻から「白衣組」を読む。舞台は十四世紀半ばのヨーロッパ。イングランド修道院で養育された主人公アレインが、二十歳になったのを機に実社会での経験を積むべく旅立つ。下賤で、荒っぽくて、生命力に満ちた外の世界に驚き戸惑うアレイン。やがて彼は兵士となり、対フランスの戦争に従軍することになる。

 英雄豪傑が馳せ違う合戦の場面や、多彩で個性的な人々に接しながら成長してゆくアレインの冒険譚は、そりゃあ面白い……はずなのだ。だが、読んでいるうちにだんだんしんどくなってきた。何がしんどいってとにかくもう、会話が冗長でまどろっこしいのだ。また、物語の本筋に直接関係のないエピソードがやたらに多くて、展開がどうにものんびりしている。

 大仰な会話と悠々とした展開が二段組みにみっちり詰まった四百ページは、やれやれ、長かった。検索してみたら、一部の登場人物を女性化した超訳があるらしい。ドイルの著作権は切れているので、そういうのもありなのだろう。ならば、簡潔な会話とスピーディーな展開とに仕立て直した再話バージョンなら、もっと楽しめるかもしれない。

『吸血鬼飼育法 完全版』 都筑道夫 ちくま文庫

●『吸血鬼飼育法 完全版』 都筑道夫 ちくま文庫 読了。

 題名の通り、シリーズキャラクター片岡直次郎が主人公を務める作品を網羅した本である。とにかくもうアイデアてんこ盛り、ツイスト沢山で、物語の密度はただ事ではない。ただただ面白さに奉仕する作品集として読んだ。ぐいぐい読み進めて、勢いで読み終えて、ああ面白かったと思って、それで全部忘れてしまえばいい本である。内容を検討したりあれこれ論じたりは、マニアさんと研究者殿にお任せする。

 改稿ネタは好物なので、ボーナストラックとして原型版が収録されているのは嬉しい。読み比べてみると、面白味も作品の奥行きも段違いである。こういう比較をできるのも、本書が刊行された意義のひとつである。

●注文していた本が届いた。
『血闘』 三上於菟吉 ヒラヤマ探偵文庫

『誰?』 A・バドリス 国書刊行会

●『誰?』 A・バドリス 国書刊行会 読了。

 実験中の爆発事故に巻き込まれ、どさくさに紛れてソヴィエトに拉致された天才物理学者ルーカス。四カ月後、西側に返還された彼はなんと、半身機械化され頭部は金属の仮面で覆われていた。はたして彼は本物か、それとも東側が仕立てた替え玉か。単純に考えれば、結末は正か偽かの二択しかない。どちらであっても、ふうんそうですか、と思ってしまいそうだ。いったいどういう着地をするかの興味で読み進めた。

 全体の構成は、彼の正体を検討する政府機関の行動を描くパートと、正真正銘ルーカスの半生をつづるパートとが、交互に書かれている。ルーカスパートで描かれるのは、宇宙の全ては理論で把握できると確信していながら、自らの心が把握できないことにとまどう天才の姿である。特異で孤独な彼の生き方が、やけに胸に迫る。

 で、結局着地点は、なるほどそうなるか。ここに到達するためにも、ルーカスの半生の物語は必要だったのだ。描かれるのは、特定の個人を個人たらしめている要素の脆さと、抜きん出てしまった者の孤独と、情報戦争の馬鹿馬鹿しさと、人間には制御できない運命ともいうべき大きな流れと。叙情味のある余韻を残す秀作であった。

「堕ちたる天女」

●来月、横溝正史読書会を計画している。課題図書は「貸しボート十三号」である。この作品を表題作とする角川文庫には他に二編収録されているので、せっかくだからそっちも読むことにする。今日はひとまず、「堕ちたる天女」を読んだ。

 内容をすっかり忘れていたのだが、複数の情報をそれぞれカモフラージュするための複数の仕掛けがあって、予想以上に盛り沢山であった。等々力警部と磯川警部の顔合わせなんて読者サービスもある。ストーリーとは関係ないけれども、驚きの表現がやけに豊富なのが面白い。横溝作品ではおなじみの真っ赤にやけた鉄串以外に、重い鈍器で後頭部へ一撃を受けたような、太い棍棒でぶんなぐられたような、耳のそばでダイナマイトが爆発、部屋の中で水爆が爆発、と様々である。

 正史の作品にありがちなことなのだが、結末部分がどうも駆け足であわただしい。また、最終盤で明かされて事件の様相を決定的に変えてしまう重要情報には、(伏字)という解せない点がある。これも解決を駆け足で済ませてしまったしわ寄せかもしれない。実現しなかった、改稿されて長編に仕立て直される未来を思い浮かべる。

 事件の構造が、どうやらお役者文七シリーズの某作品と似通っているように思える。大いに注目すべきポイントである。少なくとも文七もので使われているある趣向は、「~天女」からの流用だと言っていいだろう。文七の方をきちんと再読しないとなんとも言えないけれども、「~天女」が原形だったりして。前段落の実現しなかった未来は、実はこういう形で実現しているのかもしれない。

●注文していた本が届いた。
『良夫君の事件簿』 楠田匡介 湘南探偵楽部

『殺人者と恐喝者』 C・ディクスン 原書房

●『殺人者と恐喝者』 C・ディクスン 原書房 読了。

 事件全体の骨格に関する趣向は、意外ではあるがずるいなあ、と思う。そりゃあないだろう。でも、かまわないのだ。私はカーを依怙贔屓しているので、何を書いてもオッケーである。

 結末部分を読むと、会話の断片やちょっとした仕草、表情が伏線になっていたのだと分かる。そんなの気付くわけないだろう。こいうのがまさしくカーの味わいである。指摘された後でページを遡って、なるほどここに書いてある、と確認する作業の楽しさよ。にやにやしそうになる。

 骨格部分の意外性とは別に、殺人そのものに関する不可能興味も用意されている。早い段階で読者に提示される現場の状況からは、カーの口上が聞こえてくるようだ。今回はこんな謎で読者のみなさまのご機嫌をうかがいます。で、その真相は、これまたカーらしい力業なので。しかも(伏せ字)というネタも上乗せされている。カーを読んだ満足感を、十分に味わえる秀作であった。

『善意の代償』 B・コッブ 論創社

●『善意の代償』 B・コッブ 論創社 読了。

 この本の魅力は、登場人物にある。孤独な老人を無料で住まわせる慈善アパートの住人達がなんとも奇矯で、読んでる間は面白い。特に、話に切れ目がなく途中で尻切れトンボになる女主人マンローと、善意から食後の洗い物を申し出ては皿やカップを割りまくるラムズボトムとが出色であった。

 だが肝心の、ミステリを読んだ満足感は高くない。ミステリに備わっていて欲しい要素、すなわち外連味、意外性の演出、ロジックの妙味といったものがちと心細い。二百ページ少々では、いろいろ盛り込むのにページが足りないのかもしれない。

 ……というのはどうも釈然としないのだが。もしもキモとなる部分を読み落としているのであれば悔しいので、他のお方の感想を読みたい。

『シャーロック・ホームズ健在なり』 長沼弘毅 番町書房

●『シャーロック・ホームズ健在なり』 長沼弘毅 番町書房 読了。

 著者のシャーロキアン本も七冊目、今回の内容は主にドイルの伝記である。注記を見ると情報の多くはカーが書いたドイル伝に基づいていようなので、詳しいことはそっちを読んだ方がいいだろう。単行本を買ってあるから、いつか読む。

 第四章「文筆で立つ」にて、「ボヘミアの醜聞」とポオの「盗まれた手紙」とで小説構造の比較を行っている。寄り道的な記述だが、この部分が一番興味深かった。両者がこんなに似た骨格をしているとは。ポオのミステリをきちんと読んだことがないので、新鮮だし得るものがある。中公文庫で出たポオのミステリ選集を買ってあるので、いつか読む。

『親指のうずき』 A・クリスティー クリスティー文庫

●『親指のうずき』 A・クリスティー クリスティー文庫 読了。

 トミー&タペンスシリーズの第三長編である。ある老女が、老人ホームから退所した。やけに慌ただしく引っ越してその後連絡がつかなくなったことから、タペンスは彼女の身に何かあったのではと心配し、持ち前の行動力でもって追及を始める。手掛かりになるのがちょっとした一言やおぼろげな記憶、曖昧な噂話、といった辺りはいかにもクリスティーらしい。

 真相はとびきり意外だが、その意外さはよくできたミステリに綺麗に騙されたのとはちょいと質が違う。えっ、そうなるのか、と思う。犯人の動機は戦後のミステリらしく、それに対して途中で浮上するある要素はまるでホームズシリーズのようだ。歪でとんがった佳作。

●注文していた本が届いた。
『畸形の天女/女妖』 春陽堂書店
 合作探偵小説コレクションの第二巻である。