累風庵閑日録

本と日常の徒然

『姿三四郎』 富田常雄 新潮文庫

●『姿三四郎』 富田常雄 新潮文庫 読了。

 日本伝紘道館柔道の創始者矢野正五郎の活躍をいわば前史編として描き、本編に至って彼の弟子で柔道の天才姿三四郎の成長と闘いとをつづる大長編。これがもう、はちゃめちゃに面白い。

 ベタな展開をどんどん盛り込んでとにかく分かりやすく、頭に引っかかることなくすいすい読める。バラエティに富む相手と闘う場面はすっかり格闘アクション小説で、これもとにかく面白い。その相手は、柔術、剣術、相撲、唐手、ボクシング、レスリングなどなど。

 三四郎は大衆小説のヒーローらしく、とにかく清廉でとにかくモテる。その造形はあまりにも理想的で、この歳で読むとちょいちょい冷静になるほど。本当なら気力体力集中力が今より充実していて気持ちも若い二十年前か三十年前に読むべき本であった。

 面白いことは無類に面白いし、おかげでぐいぐい読めたけれども、今の私にとってはちと長すぎて満腹気味であったのもまた事実。

●この日記をご覧いただいている諸賢には心底どうでもいい話であろうが、『姿三四郎』は上中下の三巻本なので、現時点での今月の読了数は三冊とする。

ボニーとアボリジニの伝説

●今読んでいる長編小説がはちゃめちゃに面白い。予定では読了までに十日かかるはずだったが、あまりの面白さにページがぐいぐい進む。この分だとあと三日、トータル八日間で読了できそうな勢いである。

●定期でお願いしている本が届いた。
『黒き瞳の肖像画』 D・M・ディズニー 論創社
『ボニーとアボリジニの伝説』 A・アップフィールド 論創社

●書店に出かけて本を買う。
『死の黙劇』 山沢晴雄 創元推理文庫

●今月の総括。
買った本:七冊
読んだ本:十冊
 来月に手を出す予定の長編に前倒しで取り掛かることができて、順調である。

『消える魔術師の冒険』 E・クイーン 論創社

●『消える魔術師の冒険』 E・クイーン 論創社 読了。

 ラジオドラマ集第四弾である。今回はなんと脚本から直接訳したそうで。こんな本が読めるのも熱心な研究者、翻訳者のおかげである。

 収録作中のベストは「不運な男の冒険」で、意外性も十分だし(伏字)だったことを示す伏線が秀逸。

 他に悪くない作品は、真相が気に入った「タクシー男の冒険」、展開の捻りが効いた「赤い箱と緑の箱の冒険」といったところ。「十三番目の手がかりの冒険」は、奇妙な品々に意味を見出す展開がいかにもクイーンらしく、こういうのも嬉しい。

 そして巻末解説がお見事。読みどころをきっちり示してくれて、これぞまさしく解説である。未訳の脚本がもう一冊分あるという。それらもぜひ刊行されて欲しい。

『キング・コング』 E・ウォーレス/M・C・クーパー 角川文庫

●『キング・コング』 E・ウォーレス/M・C・クーパー 角川文庫 読了。

 原作小説ではなく脚本からのノベライズである。巻末解説によれば実際の筆者はデロス・W・ラブレーだそうで。どのバージョンであれ映画を観たことがないので、本書で初めてキング・コングのストーリーを把握した。これがまた予想外に面白い。

 ぼんやりとしたイメージと違って、髑髏島のパートがずいぶん長いのが意外であった。むしろこの部分がメインのようで。島での冒険のくだりを読んでいると、小学生の頃ヴェルヌの『地底探検』を子供向けの訳で読んだときの興奮を思い出す。具体的には、岩崎書店エスエフ世界の名作シリーズである。

●これをきっかけに検索してみると、なんと当時夢中になった「エスエフ世界の名作」が、「冒険ファンタジー名作選」と名前を変えて割と最近まで生きていたらしい。現在は品切れのようだが、これは驚き。

●注文していた本が届いた。
『人造人魚』 大河内常平 盛林堂ミステリアス文庫

『嘘は刻む』 E・フェラーズ 長崎出版

●『嘘は刻む』 E・フェラーズ 長崎出版 読了。

 途中まではちとしんどかった。好みではない展開である。裏面の事情を知っている者が、それを喋らないことで物語を維持する作劇法は嫌いだ。ここに手がかりがあるけど今は詳しいことを読者に教えない、なんて書き方をされると、気持ちが醒めるばかりである。

 だが途中から面白くなった。題名にもあるように、嘘が作品のテーマである。関係者の言ってることのほとんどが真偽不明。そのなかでもしも人物Aの証言が嘘ならば、その意図は何か。実際はどうだったのか。そうではなくてもしもBが嘘をついているのなら、その目的は。実際は。もしもCが嘘を。というように、仮定と場合分けの迷宮が立ち上がってくるのである。

 で、読了しての結論は、こりゃあまったく面白い。いかにもミステリらしい(伏字)ネタを使っているのが嬉しい。それよりも、伏線のなんと凄いことよ。これには本当に感心した。

●取り寄せを依頼していた本を受け取ってきた。
『迷宮の扉』 横溝正史 柏書房
 横溝正史少年小説コレクションの第二巻である。

「改造社の『ドイル全集』を読む」プロジェクト第十五回

●「改造社の『ドイル全集』を読む」プロジェクトの第十五回として、第三巻の続きを読む。今回は「歸つて來たシヤアロツク・ホウムズ」から、後半の六編を読んだ。

 簡単なコメントをすこしだけ。「第二の血痕」の幕切れの台詞がカッチョイイ。「踊る人形」の蝋燭と硝煙の匂いに関する下りは、こういうのは好物である。

 第三巻は来月で読了できるだろう。

Q夫人と猫

●今日は本を読まずに小休止。今月は順調に本を読めていたのだが、ちょいと読み過ぎて頭がフィクション疲れを起こしてしまった。それに、昨日開催されたオンライン横溝正史読書会のレポートを書く時間も必要である。

 レポートの進捗は、録音データの文字起こしが終わったところまで。ひとまず非ネタバレバージョンとして公開すべく、明日から整理に取り掛かる。

●注文していた本をコンビニで受け取ってきた。
『駒形堂の藤吉親分捕物話』 岡田鯱彦 捕物出版

●注文していた本が届いた。
『Q夫人と猫』 鷲尾三郎 東都我刊我書房
 鷲尾三郎傑作選の壱だそうで。続刊が楽しみ。

第七回オンライン横溝正史読書会『蝶々殺人事件』

●第七回オンライン横溝正史読書会を開催した。課題図書は『蝶々殺人事件』で、昭和二十二年から翌年にかけて雑誌『ロック』に連載された作品である。参加者は私を含めて十名。早い段階で参加枠が全て埋まる盛況であった。

●会ではネタバレ全開だったのだが、このレポートでは当然その辺りは非公開である。なお各項目末尾に数字が付されている場合、角川文庫『蝶々殺人事件』旧版のページを示す。参照したのは昭和四十八年刊の再版。異なる版ではページが前後する可能性がある。

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◆まずは参加者各位の感想を簡単に語っていただく
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「蝶々殺人事件は本能寺の変みたいだ(詳細は真相に触れるので省略)」
「ドラマや舞台では犯人の動機がそれぞれ全部違ってて、改変ポイントがそこに集中しているのが面白い」
「よくできてる。出てくる小道具がしっかり当てはまっている」
「横溝ミステリの原点みたいなもの。小さく積み重ねるネタを後の作品で再利用している。この作品と『本陣殺人事件』とで、その当時持っているものを全部出した感じ」
「由利先生って、うわっはっはって、悪役みたいな笑い方をする(P250)のが新鮮だった」
「入り組んでて分かりにくい作品という印象がある」
「F・W・クロフツ『樽』に似てるイメージがあったけど、再読してみるとそれほど似てなかった」
「ふたつの都会をまたぐ話で読み応えがあった」
「事件は重くて暗いけど、最後の終わり方でさわやかな印象」
 なおネタバレが含まれるために省略した感想がいくつかある。

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◆もう少し掘り下げた全体の感想
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 本当はここに書いたものの何倍もの発言があった。
「『樽』よりは分かりやすい。コンパクトにまとまっている」
「案外シンプル」

「都合よく(伏字)たのは最後の念押し」
「結果として綺麗に収まった事件」
「上手くいくように書いたから上手くいった」

「トリックを追いかけるより心理を追いかける方が分かりやすかった」
「アリバイトリックというより心理トリック」
「探偵作家は『本陣殺人事件』を推して、純文学方面の坂口安吾は『蝶々殺人事件』を推したのはそこら辺のことだと思う」

「海外本格と比べると、小道具や意匠がいちいち派手」
「章題にも音楽用語を使ってるし、全体がひとつの舞台劇みたい」
「登場人物に舞台衣装の男装をさせて街中をうろうろさせてる」
「宝塚的なところも」

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◆『本陣殺人事件』との比較
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 いくつか興味深い対比が行われたけど、両作品の内容に触れるのでばっさり省略。
「やっぱりこの二作品は対になってるんだね」

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◆F・W・クロフツ『樽』との比較
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横溝正史は自分が読んだ作品のバリエーションを考えることをよくやるので、『蝶々殺人事件』は『樽』を読んでいろいろ考えた結果なのかと思った」
「死体の登場シーンなんか『樽』の百倍派手」
「そこに全力を傾けている」
「死体登場の華々しさって、横溝作品のひとつの型なんだと思う」

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◆探偵役とその相棒
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「由利先生の推理って想像と直感で、論理的な推理があまりない」
「裁判に持ち込んだら勝てないと思う」
横溝正史の名探偵観が表れている。由利先生は間違えない。名探偵は間違っちゃいけないという呪縛」

「三津木俊助はこの作品で完全にワトソン役。以前の作品では三津木も推理をしてたけど、この作品では何もしてない」
金田一シリーズにおける等々力警部もそうだけど、あまりにも主人公探偵の相棒役になりすぎると捜査から外れてしまう」

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◆由利先生の復活ならず
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横溝正史が戦後書くつもりのなかった由利先生ものだけど、小栗虫太郎のピンチヒッターで書かざるを得なくなった。その後旧作に手を入れたり(『憑かれた女』、『仮面劇場』)、中絶してしまったけど『模造殺人事件』や『神の矢』を書き、次いで『カルメンの死』を書いた。そしてジュブナイル『夜光怪人』を書いてさあ復活かと思われたがそうはならなかった。由利先生の復活のチャンスは何度もあったんだけど、最終的には上手くいかなかった」

「『蝶々殺人事件』連載の翌年にジュブナイル『怪獣男爵』が書かれているが、その探偵役は小山田博士。ところが博士は総白髪で由利先生とイメージがかぶる。本当は由利先生を出したかったんだけど、復活に手間取っているのでとりあえず小山田博士にしたのではと推測してる。もうちょっと由利先生ものががんばっていたら、怪獣男爵は由利先生シリーズになったんじゃないか」
「『獣人』から『怪獣男爵』とは、猿始まりでゴリラ終わり」

 ここで言う『獣人』が由利先生ものの第一作である。

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◆その他小ネタいろいろ
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「和服の刑事(P93)ってなんだ」
「そこは正しくは私服の刑事で、舞台が戦前なので私服が和服だったりして」
「初出の雑誌から和服になってるので、原稿が出てこない限り検証できない」

「作中で警察が指紋を採るシーンがある(P55)けど、実際に日本の警察が組織的に指紋を活用し始めたのは戦後なので、作中の事件年代(昭和十二年)では早すぎる」
「外国のミステリでは当時すでに指紋の扱いは一般的だったので、その影響を受けている」
「横溝世界では指紋って重要事項」

「ホテルでみんなの部屋に外から人がばんばん入っているけど、そんなことできたんだっけ」
「少なくとも部屋のドアはオートロックじゃないわな」
「志賀がホテルの鍵を持ち歩いている(P238)のも不思議」
横溝正史は旅行をしない人だし、ホテルの鍵の扱いに手慣れてなかった可能性がある」
「先生ってば日常生活で知らないことが多そう」

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◆ネタバレ非公開部分のキーワードだけ並べておく
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犯行計画の根幹、くるくる、惚れてんじゃん、五感を刺激する名シーン、同時じゃない理由があることに感心した、逆だったことに感心した、みんながずぼらだったら成立しない、成功したから大笑い、殺した時点で満足しちゃった。

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◆なんとなくのまとめ
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『蝶々殺人事件』はトラベルミステリでもあるし、音楽ミステリでもある。なんなら愛の物語でもある。

『ネロ・ウルフの災難 外出編』 R・スタウト 論創社

●『ネロ・ウルフの災難 外出編』 R・スタウト 論創社 読了。

 安定の面白さでさくさく読める。ウルフとアーチーのキャラクターを楽しみ、ふたりの間に交わされる会話を楽しむ、という読み方をしている。緻密なロジックや巧妙な伏線は無いけれども、それが欠点ではなくて気軽に読める利点となっている。巻末の訳者あとがきによれば、次のスタウト作品は未訳長編が予定されているという。楽しみである。

 個別の作品にコメントは付けないが、一点だけ。「ロデオ殺人事件」に登場するローラ・ジェイのはちゃめちゃな造形は出色。