●某個人短編集を半分まで読んで中断。明日からは横溝正史を読み始める。近日開催される読書会へ向けて、メモを取りながらゆっくり丁寧に読んでいくことにする。
●注文していた本が届いた。
『冒険家クラブの冒険談』 五人の男と一人の女 ヒラヤマ探偵文庫
『赤い塔の家』 森下雨村 ヒラヤマ探偵文庫
●『観月の宴』 R・V・ヒューリック ポケミス 読了。
狄判事シリーズである。途中まではなかなか面白かった。一見すると単純な強盗殺人だったのに、次第に十数年前の事件から尾を引く複雑な様相を呈してくる。判事は街の様々な場所を訪れ様々な人から話を聴く。政庁の公文書保管庫で過去に遡る。ちょっとした私立探偵小説の趣である。
主要登場人物が引退した元最高学府の長だったり、宮中出入りの詩人だったり、詩や書が巧みな禅僧だったり。直接的な描写はないが、彼らは宴会の席でしばしば詩論を戦わせる。大学を舞台にした英国クラシックミステリを読む様だ。
だが残念ながら結末はあまり感銘を受けるものではなかった。犯人設定も事件全体の着地点も、真相に至る道筋も、どうもミステリを読んだ満足感に乏しい。ただ、犯人の強い個性が結末に結び付いている点がちょっとした読みどころ。
過去に八紘社杉山書店版、出版芸術社版と読んで、これで三度目。今回は目的がある。コナン・ドイルの勇将ジェラールシリーズと比較するのだ。そもそもの出発点は、両者が妙に似ていることにある。どちらも、歳を重ねたかつての勇将が周囲の者に若かりし頃の武勇譚を語って聞かせるというのが、全体の外枠になっている。どちらも騎士道/武士道を重んじ、話にはちょいちょい自慢が漂い、ときには失敗する。もしかして頓兵衛って、部分的にもせよジェラールの翻案なのではないか。という仮説、というより思いつきを、実際に読んで確かめるのである。
結論からすると、翻案とは思えない。似たような展開を示す作品はなかった。正史がドイルから基本設定のヒントを得た可能性はあるが、それ以上踏み込むことはできない。ネガティブな結果だが、それでも情報ではある。
作品自体としては、頓兵衛の明朗な造形のおかげもあって、全十二話が割と明るめのトーンで終始する。戦国時代が舞台なので、敵将を殺して首を斬り落としたりもするが、さほど陰惨ではない。他愛ないけれどもそれぞれの作品がバラエティに富んでいて、気楽に読めてさっと忘れてしまえる。ちょいと秀逸な娯楽時代小説であった。
いくつかコメントをするならば、「籠城武士道」は敵方の視点で書かれた異色作。頓兵衛の役割が読みどころ。「秘薬武士道」は、正史の他の作品にもある(伏字)ネタが使われていることが分かって、ちょっとした拾い物であった。「落城秘話」は、黒焦死体の身元を証明せよという、ある種「顔のない死体」のバリエーションである。余韻のある結末がちょいといい感じ。
●『石を放つとき』 L・ブロック 二見書房 読了。
中編の表題作とスカダーものの短編集とを日本で独自に一冊にしたもの。表題作は、まあシリーズのファン向けだろう。ストーリーは単純で、読みどころは過去の作品に登場した何人もの人々に言及されている点。シリーズのカーテンコールのようなものか。最近「マット・スカダー わが探偵人生」が出たものの、少々毛色が違っているようだし。
初読の短編では「レッツ・ゲット・ロスト」がベスト。スカダーの観察力と洞察力とが描かれていてミステリの味が濃いし、ブラックユーモアの香り漂う展開も楽しい。でも、全体で最も沁みたのは「夜明けの光の中に」であった。これは再読でもやっぱり良い。まだ飲んでいて、独りで世の中と相対していた頃のスカダーは久しぶりだ。シリーズの、特に初期作を再読したくなってきた。
●『九つの答え』 J・D・カー ポケミス 読了。
真相はかなり意外で、随分と際どいことをやっている。だが、どうやらカーが本当にやりたかったことは、その際どさをいかにして成立させるかだったようだ。真相部分を読んでいると、その辺の力点が見えてくる。カーの喜色満面ぶりが目に浮かぶようだ。
全体としては都市綺譚というか都会の冒険というか。主人公ウィリアム・ドーソンの前に、敵としてふたりの人物が立ちはだかる。狡猾で陰険で半狂人の大富豪ゲイロード・ハーストと、彼の召使頭でレスリングをやっている巨漢のハースト。頭脳担当と筋肉担当と、どちらも大変な強敵である。娯楽小説の定石の通り、敵が強大で憎らしいことがページをぐいぐいめくらせる推進力になっている。
カーの書き癖として、些細な手がかりが大量に散りばめられているのも好ましい。あまりに些細すぎて、読んでいる途中では手掛かりの存在自体をほとんど気付けなかった。最終章で手掛かりに言及される度に後戻りして、該当する記述を探すのがまた、カーを読むときのお楽しみなのである。
●『神変葵小姓』 島本春雄 捕物出版 読了。
振袖小姓捕物控の第三巻。主人公振袖美祢太郎は遠山左衛門尉の寵童で、誰もが思わずぽおっとなってしまいそうな類い希な美少年で、振袖流武術の達人でもある。美弥太郎は敵の罠を簡単に見抜く。閉じ込められた部屋の鍵を簡単に開ける。縛られた縄を簡単にほどく。何でもできるが故にピンチに陥ることがない。ぼくのかんがえたさいきょうのとりものヒーローが、「振袖流」と書かれたワイルドカードをやたらに振りかざして全てを解決するのである。
いやはや、しんどかった。何がしんどいって、ディテイルを書かないのだこの作者殿は。美祢太郎がその慧眼によって事件の真相を見抜いた。敵の襲撃による窮地を、振袖流の術で脱した。下手人の住処を急襲して、振袖流捕縛術で捕らえた。ただそれだけしか書かれない。物語を書くのではなく、記号的なフラグを並べているだけなのである。
おそらくは掲載誌「妖奇」のテイストに合わせ、扱われるのはエログロ味の勝った事件である。なにかってえと淫とか奔とか色とか肉とか欲とかの文字が躍る。ただ、作品の分量には注目しなければならない。まとめると四冊にもなるまで連載が続いたということは、島本春雄という人、求められているものをきっちり書いてみせるプロフェッショナルの職人だったのだろう。そしてこのブログがこんなに長くなったのは、なんだかんだで私も楽しんでいるのかもしれない。
●定期でお願いしている本が届いた。
『誰も知らない昨日の嘘』 M・スチュアート 論創社
●『エドウィン・ドルードのエピローグ』 B・グレイム 原書房 読了。
ディケンズの未完のミステリ「エドウィン・ドルードの失踪」を書き継いだもの。冒頭の設定がカッ飛んでいる。現代を舞台にしたミステリシリーズの主人公スティーヴンズ警視が、理由は分からないが七十五年前にタイムスリップしちゃった! まるでカーの歴史ものみたいなノリだが、そちらよりもだいぶ早い作例である。しかもこの設定が投げっぱなしではなく、作中できちんと活かされているのが嬉しい。犯行現場で犯人のものと思しき指紋を発見して意気上がる警視。ところが一緒にタイムスリップした(!)部下のアーノルド部長刑事から、この時代はまだ指紋の概念は確立されていないと指摘されてがっくりくる。
伏線やロジックの妙味よりも、物語のうねりを楽しむタイプの作品である。偶然が大きな役割を果たす展開が何度か描かれる。これも、緊密な構成よりもダイナミックな物語の方を重視した書き方であろう。全体としては満足のいく出来ばえであった。捜査が格段に進展するきっかけとなった某場面なんざ、ちょいと凄みがあるし。最終的な着地点が(伏字)という、これはこれである種際立ったものである。
●お願いしていた「翻訳道楽」が届いた。今回はジェームズ・ホールディング特集の五編プラスおまけのショートショート一編である。
●『全席死定』 山前譲編 徳間文庫 読了。
副題が「鉄道ミステリー名作選」である。個人的ベストは恩田陸「待合室の冒険」。作中でも言及されるハリイ・ケメルマン「九マイルは遠すぎる」をモチーフにして、待合室で漏れ聞いた些細な会話から推理を発展させる様が楽しい。別格として山田風太郎「吹雪心中」を挙げておく。再読だが、なんとも凄絶な展開で後々まで記憶に残る。
他に気に入ったのは、題名の通り走行中の新幹線から人間が失踪する謎が魅力的な、大谷羊太郎「ひかり号で消えた」。そして西村京太郎「あずさ3号殺人事件」。「あずさ~」は、観光地を散りばめ、犯人の多重的な工作を仕込み、男女の惚れたはれたを盛り込んで、そつなく分かりやすいトラベルミステリに仕上がっている。
●巳年だから蛇にちなむ作品を、と思って横溝正史の人形佐七もの「蛇を使う女」を再読。春陽文庫の『浮世絵師』に収録されている。この件は昨日Xにさらっと投稿したのだが、予想以上に面白い作品で、もう少しちゃんと整理しておきたくなったのでこちらに書いておく。
旗本結城孫十郎の若様で九歳になる千之丞が、まむしに噛まれて危うく命を取り留めた。何者かに贈られた包みにまむしが仕込まれていたのだ。佐七は、結城家の用人白河勘兵衛からこの件の調査を依頼された。一方、両国の見世物小屋で蛇使いをやっているお絹という女が、まむしに噛まれて死ぬ事件が発生した。蛇使いが使うのはしまへびか青大将なので、普通ならまむしに噛まれるはずがないのだという。
当然すっかり内容を忘れていたのだが、予想以上に読みどころのある作品であった。その点を箇条書き的に挙げておく。別の横溝短編「角男」の趣向が取り込まれている。正史の江戸文芸に関する知識がうかがえる。豆六に蛇が怖いという属性が与えられている。いわゆる語られざる事件に言及されている。キーパーソンの女傑の造形がお見事。
お次は改稿の検討に移る。春陽堂佐七全集の解題によると、初出は雑誌「北方日本」、初刊本は八興社、そして金鈴社の新書版に収録されたときに改稿されたのだという。八興社版を参照してみると、なんと女傑お半が登場しておらず、それにともなって切れ味のある結末も無い。解決部分はなんともあっさり処理されている。好みとしては断然改稿版の方がいい。
もうひとつの注目ポイントは、物語中で重要な役割を持つ悪者の名前が、お役者文七だったこと。ご存じのようにこの名前は、正史が書いた時代小説のややマイナーなシリーズキャラクターと同じである。金鈴社版が出る前に、すでにお役者文七シリーズの第一作「蜘蛛の巣屋敷」が出ていたので、名前を変えたのだろう。
さらに念のため、北方日本版の初出を確認してみた。ところがこれが大違い。事件を構成する要素こそ後の作品と同じだが、展開やストーリーの重点が全く違うのである。例の悪人は業平銀次という名前である。これは驚きだった。
●明けましておめでとうございます。去年に引き続き今年も横溝関連の出版やイベントが多数予定されています。ありがたいことです。関係各位の皆様におかれましては、本年もよろしくお願い申し上げます。
文庫版全集全四巻のうちの第一巻である。文章が性に合っているのか、読んでいて気持ちいい。テキトーに読み流すわけにはいかない。一編一編を味わいながらゆっくり読んで、四日かかった。内容は、密室殺人や人間消失といったトリッキーなミステリが緊密な構成で語られる。そればかりか、池から龍が天上し骨壺から赤ん坊が再生するといった奇天烈な事件もある。ときには殺人機構だなんて、書きようによっては馬鹿馬鹿しくなりそうな題材を扱ってなお、作者の文章力によって納得させられてしまう。
個人的ベストは「大師誕生」。何人もの人間の、欲や憎しみや生きる哀しさといった情念が入り乱れ複雑に絡みあったあげく、形を成したのが上記のような龍と赤ん坊の怪事件。そんな奇怪さがともかくもかろうじて現実的な着地点に至るところが、この作者殿の力量なのだろう。
「三月十三日午前二時」は、真相の具体的なイメージがいまひとつピンとこないけれども、言わんとするところのあまりな強引さが楽しい。「浴槽」は、犯罪を隠蔽するための着想が秀逸。また死体発見前後の描写が、真相を裏に隠しつつも自然に仕上がっていて上々。別枠で挙げておきたいのが「幽霊はお人好し」で。一応殺人事件は起きるが、主題は落語のようなホラ咄。こういうとぼけた味わいもまたいい感じ。
巻末付録の単行本全集版解説は、第一巻に収録されていない作品のあらすじが書かれているようなので、読まずに放置。この辺りは全四巻を読了してから戻ってくることにする。
●今年の展望を書いておく。
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◆本は月に十冊、年間で百二十冊も読めれば上出来である。
◆旅行は、まず倉敷の例年イベントに行くとして、他に大ネタをふたつ企画している。また横溝界隈の旅行オフの話がちらほら出ていいるので、できれば具体化させたい。
◆今年は同人誌を一冊出したい。それ以前にごく軽い小冊子を一点出すべく取り組んでいる。他に、とあるお方が出す同人誌にコラムを載せていただく予定。既に原稿は書き終えて提出しているのだが、意に満たない箇所があって修正しなければならない。
◆イベントとしては、まず早い段階で読書会をやる。某横溝本が出たら、そいつを題材にしてXのスペース企画をやろうかという話もある。私が主体的に関わる件で、見えているのは今のところそのくらい。だが、他のイベントも予定されていることだし、先々楽しみである。