●『怪獣男爵』 横溝正史 柏書房 読了。
柏書房から出た一連の横溝本を、せっかく買ったのに積ん読のままにしておくのはもったいないので、せいぜい読んでいくことにする。今回は「少年小説コレクション」の第一巻である。
「怪獣男爵」
四年前に開催したオンライン横溝正史読書会で、参加者の皆様によって様々な視点からの読み方が語られた。気になるお方は当ブログにて「第八回オンライン横溝正史読書会」で検索していただきたい。当時それなりに深掘りして読み込んだのだが、それでもなお読む度になにかしら気付く点はあるもので。
古柳男爵の協力者であった北島博士は、一見正義の守護者で悲劇の犠牲者のようであるが、残された手記の文言(本書P53~P56)からするとこの人もたいがいである。生きていてもなんの役にも立たぬ云々とか、自分で実験をやってみたかったとか。
五十嵐邸の祝賀会で披露されたロープマジックについて、物識りらしい紳士がネタを解説する台詞がある。そこで言及される「おもしろい話」(本書P86)とは、どうやら実在する短編小説がベースになっているようだ。その小説とは、横溝正史が翻訳して大正十四年に雑誌「新青年」に掲載された、バートン・ハーコート「マハトマの魔術」である。ディテイルは異なっているが、マジックの内容、そのネタ、そしてネタがばれてしまう経緯までもが同じである。
ところで、ジョン・コリアも同じマジックを題材にした作品を書いている。河出書房新社から出た『ナツメグの味』に収録されている「頼みの綱」である。もしかして、インドのロープマジックといえばこれだという共通イメージのようなものがあるのかもしれない。
そう思って調べてみると、元となった文献があるようだ。十四世紀のアラブの旅行家イブン=バットゥータの、『諸都市の新奇さと旅の驚異に関する観察者たちへの贈り物』である。作者が訪れた先の中国で、インドの奇術師が実演していたのがこのロープマジックだそうな。この旅行記は、十九世紀にはヨーロッパで広く知られるようになったという。
「大迷宮」
由利先生シリーズ「夜光虫」の、遠い谺が響いているような作品。詳しいことは今までイベントの資料やブログやなんかに何度も書いたので省略。そういった自作の趣向の再利用以外に、コリンズやビーストン、フリーマンといった海外作品の影響もうかがえる点が興味深い。こちらの件は、先日作った『ネタバレ全開! 溝正史が影響を受けた(かもしれない)海外ミステリ・リスト』で言及してあるので、よろしければ各自ご確認ください。
ところで前作では何人もの部下を心服させていた男爵だが、今回は度々裏切られているようだ。どうしちゃったのか。
「黄金の指紋」
身分を証明するアイテムの争奪戦や、複数の勢力が入り混じり敵味方が離合集散を繰り返す展開は、基本的な骨格をそのままに時代伝奇小説に作り直すこともできそうだ。ところで、作中でちょっとした記述のしかけ(本書P340、P344)がある。地の文で嘘は書いていないのだ。これは面白い。
●古本を買う。
『黄色の間』 M・R・ラインハート ポケミス
『霧の中の虎』 M・アリンガム ポケミス
どちらの作品も、連載されたミステリマガジンが手元にあるので新刊当時買わなかった。読めればいい、というのが基本姿勢である。ところが今になって、本の形で欲しくなってしまった。
●注文していた冊子が届いた。
『探偵作家・大阪圭吉展 図録』 盛林堂書房
いろいろ野暮用があって、大阪圭吉展に行けるかどうか覚束ない。まずは図録を確保しておいた。