累風庵閑日録

本と日常の徒然

『カマフォード村の哀惜』 E・ピーターズ 長崎出版

●『カマフォード村の哀惜』 E・ピーターズ 長崎出版 読了。

 殺人をメインの題材にしているから、ミステリではある。だが、作者が書きたかったのはそれだけではないようだ。作中で扱われているのは、少年の成長、親子の絆、舞台となった村の住人達の様々な想い、といったもので、味わいは普通小説に近い。私がエリス・ピーターズを敬遠したいのは、こういった作風のためである。私はただのミステリを読みたいのだ。

 被害者は村の嫌われ者で、殺されたのを悲しむ者は一人もいない。事件に取り組むフェルス巡査部長は、数々のトラブルの源が殺人によって取り除かれた状況であることを理解している。それでも事件解決に向けて努力しなければならない根拠として、作中で提示される視点がちょっと面白い。誰が犯人か分からない間は、村には不安と疑心暗鬼とがはびこっている。犯人を見つけて罰を与えることは、罪によって穢された共同体の秩序を取り戻す儀式なのである。そういうのは、古代社会では宗教的指導者が担っていた役割であろう。

 で、読み終えた結論としてはまあ満足。最後の着地点のおかげで、焦点がぱっと合って全体像が明瞭になる。この〆方はお見事であった。

●これで長崎出版のGEMコレクションを読み終えた。来年からは原書房のヴィンテージ・ミステリを読んでいくことにする。

●書店に出かけて本を買う。
『九人の偽聖者の密室』 H・H・ホームズ 国書刊行会
 いよいよ刊行が始まった「奇想天外の本棚」の、第一回配本である。今後の継続と発展とを期待している。

偏愛横溝短編を語ろう

●多くの横溝正史ファンのご協力をいただいて、同人誌『偏愛横溝短編を語ろう』をまとめた。八人の執筆者が横溝正史の短編小説のなかからいくつかを採り上げ、その魅力を語る本である。採用基準は一般的な評価としての傑作かどうかに関係なく、ただただ自分が好きかどうかにある。執筆者各位が、それぞれの好み全開で全二十九作品を扱っている。

 本日十月一日からBOOTHにて通販を始めました。よろしければお買い求めください。

「改造社の『ドイル全集』を読む」プロジェクト第二十八回

●「改造社の『ドイル全集』を読む」プロジェクトの第二十八回。今回からジェラールシリーズの続編、「ジエラール旅團長の冒險録」を読み始める。ただ、どうも気分が乗らず、半分の四編だけを読んで打ち止めとする。残りの四編は来月読む。

 ジェラールは、回顧談の合間に頻繁に自慢を挟み込む。いわく、俺様の剣の腕前は無双。俺様の乗馬の腕前は無双。俺様の胆の据わり方は無双。俺様の勇名はフランス中に轟いている。俺様の死は国家の損失である。俺様は優秀。俺様は素晴らしい。俺様はモテる。こういった極端な性格設定は、笑うところなのだろうか。ドイルの意図がいまひとつ分からない。あまりにもくどい造形に辟易したのも、一気に通読できなかった一因である。

 四編の中では「旅團長、キングを掌中にした話」が面白かった。怪我をして戦線を離脱していたジェラール。概ね傷が癒えたことから、山向こうの自軍に合流するつもりで出発した。ところが山中で山賊に捕まり、殺される寸前に。絶体絶命の危難を持ち前の機転と度胸とで逃れるエピソードが語られるかと思いきや、ストーリーは急角度に進行方向を変えてしまう。その意外さにあれれと思う。

『マローン御難』 C・ライス ポケミス

●『マローン御難』 C・ライス ポケミス 読了。

 冒頭二ページで死体が転がり、そこから物語はフルスピードで走り始める。殺人事件と誘拐事件とが、それぞれ時々刻々に情勢を変えながら複雑にからみ合う。そのうえさらに、主に裏社会陣営が血眼で探す重要書類の謎もかぶさる。事件を巡ってマローンとジェークとヘレンとが、時には一緒に時には単独で活動するのだが、その関わり方もページを追うにしたがって常に変化し続ける。

 殺人の真相は意外ではあるのだが、ちゃぶ台をひっくり返すタイプの意外さという気もする。伏線やロジックの興味はさほどではない。けれどもこの作品は、ぐるぐると様変わりする展開の疾走感を楽しむミステリである。わずかでも伏線やロジックがあるというだけで、そっち方面の欲求はそれなりに満たされている。

 ある関係者が話したいことがあるのをマローンが常に遮り続けるという繰り返しのネタが、全体を締めていていい感じである。

●大阪文フリで買った本。
『ニューヨーク・ネル 男装少女探偵』 E・L・ウィーラー他 ヒラヤマ探偵文庫

『川野京輔探偵小説選III』 論創社

●『川野京輔探偵小説選III』 論創社 読了。

 一巻二巻を読んで分かっていたことだが、この作家は残念ながら好みから外れている。コメントしたい作品は多くない。「手くせの悪い夫」は、これほどまでに奇天烈さが突き抜けているといっそ笑える。「二等寝台殺人事件」は、長編級の情報量を二十ページにぎゅうぎゅうに詰め込んだ濃縮ぶりが異様。その逆に「愛妻」はわずか三ページで情報量も限られているが、時間と心理との奥行きが感じられる佳作。

 個人的ベストは「御機嫌な夜」であった。他の作品とは異なるトーンの書きっぷりが新鮮だし、探偵役が犯罪を解明する展開が型通りで私好みだし。犯行のネタは、フットレルの思考機械シリーズにも使われているシンプルなもので、それも私好み。

『ヨーク公階段の謎』 H・ウェイド 論創社

●『ヨーク公階段の謎』 H・ウェイド 論創社 読了。

 序盤は、そもそも事件かどうかが問題になる。捜査を進めていくうちに別の問題が浮上し、やがて……と焦点が次々に変わっていって中だるみしない。登場人物に人間味があるのも面白さの一要素である。主人公プール警部は美人の関係者にくらっとくるし、その上司はプールの育ちの良さと高学歴とが気に食わない。

 ミステリでちょいちょい出くわす特定の真相パターンに対する私の不満、すなわち(伏字)という点を、この作品はまさしくキーとして使っている。それでいてさして不満を感じないのは、状況設定と書き方の上手さのおかげだろう。全体が堅実で大人しめな作風だが、結末の着地点のおかげで一段階跳ねた感がある。

●書店に寄って本を買う。
『思い出列車が駆けぬけてゆく』 辻真先 創元推理文庫

『悪魔の百唇譜』 横溝正史 角川文庫

●『悪魔の百唇譜』 横溝正史 角川文庫 読了。

 特に理由もなく、何度目かの再読。前回読んだのは七年前で、そのときは原形短編「百唇譜」との読み比べをやった。長編化に際して情報を膨らませ深化させる書きっぷりにちょいと感心したものだ。

 以下、当時のブログの記述を再掲しておく。

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 原型版との比較がとにかく面白いのだ。あの箇所の描写がこう変わったのか、という興味で読める。原型版では説明不足どころかほぼ記述がなかった項目がたくさんあるが、本書では丁寧に描写が積み重ねられていて、情報量が大幅に増えている。読者が想像するしかなかった関係者の様々な行動が明らかになるのを読む快感がある。

 そしてただ明らかになるだけでなく、犯人を含む関係者の行動や心理が加筆されており、より自然で、より複雑になっている。つまり、情報の質が大幅に向上している。質量ともに進化した、上出来の改稿である。
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 今となっては当然のように内容を忘れている。結末が駆け足だった記憶だけがぼんやりと残っており、今回も同じ感想を持った。上記のようにいい具合に長編にしてはいるものの、これでもまだページが足りないようだ。作品単独としては、あまり高い評価を差し上げることはできない。

 展開は警察の捜査が主体になっており、金田一耕助はアドバイザー格である。警部補や刑事がやたらに登場し、一般の事件関係者よりも多いんじゃないかと思うほど。金田一耕助は事件解決のために一定の役割を果たすが、名探偵として推理するというより、経験と人柄とがものをいうエピソードになっている。

 原形発表が昭和三十七年。長編化も同年である。四年前には松本清張「点と線」が刊行され、それ以降続々と作品が発表されている時期である。正史がどの程度、いわゆる社会派の作風を意識していたのか知らないが、多少なりとも取り入れようとしているのではないか。本書は、名探偵が快刀乱麻の名推理で事件を解決! といった作品ではなくなっている。

『湖畔 ハムレット』 久生十蘭 講談社文芸文庫

●『湖畔 ハムレット』 久生十蘭 講談社文芸文庫 読了。

久生十蘭作品集」の副題がある。ううむ、これはちょっと。今はどうも気力がないし、この内容この文章についてあれこれ語るのは私の手に余る。ただ一言、凄い、とだけ書いておく。

●来年から、河出文庫の一連の十蘭本を読んでいくことにする。感想を書けるかどうか覚束ないけれども。

『闇の展覧会-霧』 K・マッコーリー編 ハヤカワ文庫

●『闇の展覧会-霧』 K・マッコーリー編 ハヤカワ文庫 読了。

 シリーズ三冊目の本書の目玉は、質量ともにスティーヴン・キングの長編「霧」である。キングって過去に何冊か読んでどうもピンとこなかったのだが、この作品はゴキゲンな恐怖小説であった。題名の通り不気味な霧が街を覆った状況で、ショッピングモールに閉じ込められた人々があれやこれやする物語。

 異常事態に直面して、人々は否応なしに人間臭い弱さや愚かさをさらけ出してゆく。その様子がいかにもありそうに書かれていて、上手い。中だるみしないよう前半からちょいちょい見せ場を設けてあるのも上手い。物干し綱のエピソードなんざ、感心するほど上手い。とにかくもう、めったやたらに面白い。

「霧」でページを取られて他は短編四作しか収録されていない。そのどれもがちょっとした佳作であった。デイヴィス・グラッブ「三六年の最高水位点」は、クライマックスの情景を映像で観たくなる。大規模な特撮が必要だから昔は難しかっただろうが、今ならCGでなんとかなりそうな。

●書店に寄って本を買う。
『烙印』 大下宇陀児 創元推理文庫