累風庵閑日録

本と日常の徒然

『奇想の森』 鮎川哲也/島田荘司編 立風書房

●『奇想の森』 鮎川哲也島田荘司編 立風書房 読了。

 日本ミステリの精選集だという全五巻のアンソロジー「ミステリーの愉しみ」の、第一巻である。なるほど収録作は粒揃いである。粒揃いとは、過去のアンソロジーにも収録された名作が多いってことで。それに今は論創ミステリ叢書で多くの作家に触れることができる。人気があって作品が多い作家なら、手軽に個人短編集が手に入る。

 そんなこんなで収録作の大半は既読であった。だが、名作は名作なだけあって再読でも十分面白い。個別の作品の感想は、今更感があるのでここには書かないけれども。

 アンソロジーの楽しさは、半ば埋もれたような珍品が収録されている点にもある。本書では横内正男「三行広告」が初読であった。軽味があって会話も面白く、意外性もある快作。活字になったのがこれ一作だとは残念である。主人公の摩耶流介シリーズとして書き継がれて、まとまった短編集として読みたかった。

 青池研吉「飛行する死者」は、以前何かのアンソロジーで読んだ気がする。だが、たぶんこれだと思っていた本には収録されていなかった。私の思い違いかもしれず、詳細不明である。

●注文していた本が届いた。
『黒兀鷲は飛んでいる』 T・ダウニング 綺想社
 実際は「黒」の字体が違うのだが、そっちは環境依存文字だということでやむを得ずこちらを使う。

『シャーロック・ホームズを訪ねたカール・マルクス』 A・ルカーユ 中央公論社

●『シャーロック・ホームズを訪ねたカール・マルクス』 A・ルカーユ 中央公論社 読了。

 若き日のホームズが、マルクスの命を狙う暗殺者を阻止するためにパリに潜入する。年代設定は千九七一年で、研究家諸氏の説によれば「グロリア・スコット」よりも前らしい。つまりここに登場するホームズは探偵としても人間としても発展途上なわけで、弱さも愚かさもある人物として描かれている。また、ためらわずに敵を殺す荒っぽさがあり、知性と思考の人というより行動の人である。中盤でホームズが(伏字)ってのも、どうもらしくない。

 全体として、史実を絡めた肉体派冒険小説のノリである。パスティシュに散りばめられがちなホームズトリヴィアはわずかだし、主人公がホームズでなければならない必然性があまり感じられなかった。ただ、終盤のふたつの段落にこの作品の主題を見出したので、まあ読んでよかったと思う。作者の本当の意図は知らんけどな。

『魔術師を探せ!』 R・ギャレット ハヤカワ文庫

●『魔術師を探せ!』 R・ギャレット ハヤカワ文庫 読了。

 ダーシー卿ものの中編集である。このシリーズは、魔法関連の設定がひとつの読みどころ。魔法が万能だとつまらないので、ミステリとして成立するよう様々な制約を設けている。その辺りの理論の遊びが楽しい。

 収録作中のベストは「藍色の死体」で、題名にあるように死体が藍色に染められた謎が魅力的だし、その真相も悪くない。ミステリ的な趣向の面白さと魔法の設定の面白さとが、どちらも突出せずに絡みあっている。事件全体の真相もちょっとしたものだし、伏線も効いている。

 未訳の中編がいくつかあるようで、論創海外なんかで出してくれないだろうか。

『ビッグ4』 A・クリスティー クリスティー文庫

●『ビッグ4』 A・クリスティー クリスティー文庫 読了。

 ぼんやりと世評は知っていたので、期待値低めで手に取った。あらかじめそういう態度で臨んでも、こいつはちと厳しい。謎の中国人を首領に戴き、世界征服を目論む悪の秘密結社。様々な人物に完全に変装できる正体不明の暗殺者。秘密道具で危地を脱するエルキュール・ポアロ。そんな道具立てに荒唐無稽な面白さはあるが、それにしても、だ。

 巻末解説や訳者あとがきによれば、この作品は週刊誌に連載された複数の短編を長編の形にまとめ直したものだという。なるほどそれで、短いエピソードが積み重なるような構成になっているわけだ。クリスティー研究者の手元に、原型となった短編のテキストが残っていないのだろうか。できれば原型短編の形で読みたいと思う。

『ピーター卿の遺体検分記』 D・L・セイヤーズ 論創社

●『ピーター卿の遺体検分記』 D・L・セイヤーズ 論創社 読了。

 真相や推理の過程に対する興味よりも、物語世界の魅力で読み進めた。ピーター卿が事件を解決することに違いはないのだが、依頼された事件を名探偵が名推理で解決、といった態の作品ではない。ピーター卿と従僕バンターの造形を愛でる作品集であった。それに、事件の種類は様々だし、事件と卿との関わり方も様々で、その点にも飽きない面白さがある。

 例外的にミステリ的な味が強かったのが「逃げる足音が絡んだ恨み話」と「顔なき男をめぐる解けない謎」で、他の作品と並べると浮いて見えるほど。これはこれで嫌いではない。「不和の種をめぐる卑しき泣き笑い劇」も推理の面白さがあるし、怪談めいた味わいも好ましい。

 巻末の訳者あとがきには、今後も論創海外でセイヤーズが出るとある。楽しみなことである。

●書店に出かけて本を買う。
『第8監房』 柴田錬三郎 ちくま文庫
十二神将変』 塚本邦雄 河出文庫

『怪人と少年探偵』 江戸川乱歩 光文社文庫

●『怪人と少年探偵』 江戸川乱歩 光文社文庫 読了。

 去年のうちから細切れに読んでいたものを、ようやく読み終えた。今日まで残っていたのが「超人二コラ」である。「猟奇の果」を下敷きにしたおかげか、ちょっとした不気味さが漂っていて悪くない。すくなくとも中盤までは。

 私は幼少期の乱歩体験を持たないので、少年探偵団シリーズをちゃんと読んだのはこの光文社文庫版が始めてである。さすがにこの歳で夢中になることはなかったけれども、読破した達成感はある。

『正義の四人/ロンドン大包囲網』 E・ウォーレス

●『正義の四人/ロンドン大包囲網』 E・ウォーレス 長崎出版 読了。

 信念に基づき大臣暗殺を目論む四人組。果たしてその計画は成功するのか。面白いというより、感心しながら読んだ。上手い。全く上手い。中だるみすることなく、四人組の前にきちんきちんとトラブルが立ちはだかってゆく。どうやって暗殺を実行するのか、その手段への興味もある。

 しかもストーリーの起伏の匙加減がちょうどいいのだ。極端な設定や極端な捻りで間口を狭めたりしない。さらに、二十世紀初頭の作品にしては台詞回しも描写も簡潔である。読んでいて実に分かりやすく、ストレートに頭に入ってくる。本書が第一作だということだが、その後流行作家になってゆくだけのことはあると思う。物語作りの手腕がさすがである。

『霜月信二郎探偵小説選』 論創社

●一夜明ければ新玉の春でございます。本年もよろしくお願い申しあげます。

●ホテルを八時にチェックアウトして、駅前のドトールでモーニングを喰って本を読む。

●『霜月信二郎探偵小説選』 論創社 読了。

 デビュー作「炎の結晶」が材料を詰め込みすぎて処理が追いついていないような出来なのに対して、白川エミシリーズの第一作「密室のショパン」は盛り込まれたネタがどれも上手く扱われていて、よほど秀逸である。本書中のベストであった。第二話「黄金の小指」は、小指を切った理由に意外なほどロジカルな味があってこれも良作。

 それはいいのだが、白川エミシリーズで描かれるユーモアというやつは、人物造形や会話も含めてどうも私にはピンとこない。また、情報の出し方や真相に到る筋道は、短編だからやむを得ないのだが少々荒っぽい。こうなると、アイデアの面白さを鑑賞する読み方になる。

 第六話「ロード」の犯行手段はちょっと感心するもので、そこに物語が付随しているのが読ませる。第七話「キャップ」は私の好みではない(伏せ字)ネタだが、方向性が意外。第九話「あうん」は、真相につながる現場の状況がなるほどと思う。

●せっかくだから八王子なり新宿なりを少しぶらつこうかとも思ったが、なんだか気分が乗らずまっすぐ帰宅。正月だから特別に昼酒をやる。肴はあらかじめ仕込んでおいた蕪の甘酢漬けと、焼き海苔、粒雲丹、板わさ。いい感じに酔って、これで私の正月は終わりである。

●今年の展望を書いておく。

 本は年間百冊も読めれば上出来。順調に読めて百二十冊というところ。できれば長崎出版のGEMコレクションを読み終えたい。

 伝染病の状況次第ではあるが、旅行は数カ所行きたいところがある。秋の倉敷のイベントが、今年は開催されるかどうかも大きなポイントである。横溝系のオフ会でも旅行の計画が持ち上がっている。

 横溝方面では同人誌を一冊出したいところだが、このネタは他のみなさまのご協力が必須なので実際はどうなるか分からない。読書会も開催したい。これまた伝染病の状況次第だが、会場を借りてリアルでの開催もなくはないと思う。

『犬神家の一族 4Kデジタル修復版』

●独り部屋にこもって年を越すのが嫌だったので、ちょいと出かけることにする。独りビジネスホテルにこもって年を越すのである。

 という取り組みを今まで何年もやってきたのだが、去年はあの伝染病のせいでやむを得ず自宅にこもった。今年は今のところウイルスの勢いもさほどではなさそうなので、決行する。

●行き先に選んだのは八王子。理由は住処から近からず遠からずの場所というだけで、それ以上の意味はない。本当は朝から出かけたかったのだが、代引で買った品物が宅配便で届くのを待たなければならなかったので、出発は十一時頃。

●買ったのは犬神家の一族 4Kデジタル修復版』である。HDR版を観る環境はないのだが、それでもかまわない。もともと付属の完全資料集成を買うつもりで手を出したのであった。

八王子駅前で昼飯を喰ってから、周辺をちょっとうろうろする。ブックオフを覗くが何も買う本はなし。もう一軒の古本屋はすでに年内の営業を終えていた。

 駅前のスーパーで酒と総菜とを調達し、十五時にはホテルにチェックインする。ここ数年来、出先で夜に出歩く気がしなくなっている。ホテルの部屋にこもっていたほうが、よほど快適である。

●二十分ほど仮眠をとってから、持参のコーヒーを淹れて本を読む。やがて読書に一区切りついたら、もう飲み始めることにする。

年内最後

●『文藝別冊 岡本綺堂』 KAWADE夢ムック 読了。

 半七捕物帳の原型版だの戯曲版だのが貴重。それとは別に、収録されている怪談がしみじみと不気味。

●定期でお願いしている本が届いた。
『霜月信二郎探偵小説選』 論創社
『ピーター卿の遺体検分記』 D・L・セイヤーズ 論創社
『嘆きの探偵』 スパイサー 論創社

●年内最後の更新である。以下、ざっと今年を振り返ってみる。

●今年一年で
買った本:百二十冊
読んだ本:百二十七冊
 ここ数年の傾向と同じく、一般書店以外のルートで買う本が多い年であった。

●論創ミステリ叢書を全て読めて、それなりの達成感がある。最新刊『霜月信二郎探偵小説選』は一月の早いうちにでも読みたい。

●読んだ本の中から特に面白かったもの、記憶に残ったものを挙げておく。順位もコメントも無し。

・「ロンリーハート・4122」 C・ワトソン 論創社
・「オールド・アンの囁き」 N・マーシュ 論創社
・「黒き瞳の肖像画」 D・M・ディズニー 論創社
・「証拠は語る」 M・イネス 長崎出版
・「嘘は刻む」 E・フェラーズ 長崎出版
・「薄灰色に汚れた罪」 J・D・マクドナルド 長崎出版

・「マギル卿最後の旅」 F・W・クロフツ 創元推理文庫
・「踊り子の死」 J・マゴーン 創元推理文庫
・「家蠅とカナリア」 H・マクロイ 創元推理文庫
・「一瞬の敵」 R・マクドナルド ハヤカワ文庫
・「地中の男」 R・マクドナルド ハヤカワ文庫
・「最後の一撃」 E・クイーン ハヤカワ文庫
・「忘られぬ死」 A・クリスティー クリスティー文庫

・「ノー・ネーム」 W・コリンズ 臨川書店
・「死者の長い列」 L・ブロック 二見文庫
・「もうひとりのぼくの殺人」 C・ライス 原書房
・「不思議を売る男」 G・マコーリアン 偕成社
・「中国黄金殺人事件」 R・V・フーリック 三省堂

・「魔都」 久生十蘭 朝日文芸文庫
・「鮎川哲也探偵小説選」 論創社
・「姿三四郎」 富田常雄 新潮文庫

●横溝関連では、春陽堂書店人形佐七捕物帳全集の完結と柏書房横溝正史少年小説コレクションの完結とが二大トピック。個人的には同人誌として読書会レポート本を二冊出し、別のお方の同人誌にも原稿を載せた。オンラインで読書会を開催したし、ツイッターのスペース機能を使った「偏愛横溝短編を語ろう」という企画も開催した。

●後半になって例の伝染病が落ち着いてくると、あちこちに旅行に行った。公開日記には書いていないが、行先は香川、新潟、山形、富山、その他温泉にも二、三箇所。