累風庵閑日録

本と日常の徒然

『水上幻一郎探偵小説選』 論創社

●『水上幻一郎探偵小説選』 論創社 読了。

 好みから外れる要素が頻出するので、どうやら私とは合わないようだ。その要素とは、特異体質、共犯の多用、都合の良すぎる偶然、読者の知らない手がかり、ってなもんで。アイデアをいくつも作品に盛り込むのはいいが、練り込みが足りないような気がしないでもない。全体に消化不良の気味で、どうしてそうなるの? ってな引っかかりがちょいちょいある。本書には、現在判明している作品を全て収録したそうで。読めることに意義がある本である。

 収録作中で数少ない、気に入った作品を挙げておく。「青髭の密室」はちゃんと伏線があるし、(伏字)ネタもシンプルで効果的。「凶状仁義」は清水の次郎長が探偵役で、しかもちゃんと推理をしているのが面白い趣向である。巻末解説によれば、副題から推測して「シリーズ化を意図していたことをうかがわせるが、他にも書かれたかどうかは不詳(P.339)」だそうで。もしも続編が発見されたら読んでみたい。

バービカンの秘密

●書店に寄って本を買う。
『銀幕ミステリー倶楽部』 新保博久編 光文社文庫
『中世の罪と罰』 網野善彦他 講談社学術文庫

 ミステリー文学資料館が休館になったので、今まで続いてきたアンソロジーの新刊は個人編者名義になったということか。巻末解説によると、少なくともあと一冊は出るそうで。楽しみである。

●お願いしていた本が届いた。
『至妙の殺人』 L・J・ビーストン/S・オーモニア 論創社
『バービカンの秘密』 J・S・フレッチャー 論創社

 ビーストンにオーモニアにフレッチャーとは、いったい今はいつの時代か、と思う。

『鉄鎖殺人事件』 浜尾四郎 桃源社

●『鉄鎖殺人事件』 浜尾四郎 桃源社 読了。

 河出文庫で出たのをきっかけに読もう読もうと思っていたのだが、あっという間に二年経ってしまった。収録は表題作と、中編「博士邸の怪事件」である。

◆「鉄鎖殺人事件」
 突っ込みたい点はあれど、そこはぐっと我慢する。約九十年の昔に、これほど構成のしっかりした作品が書かれたことを愛でる方が、前向きな態度であろう。冒頭の謎が魅力的。鎖で縛られた死体と、大量の西郷隆盛肖像画がことごとく切り裂かれている現場。それらの真相はううむ……というものだが、ここも突っ込むのを我慢するポイントのひとつである。

 他に気に入った点として、階段の丸い跡から推理を巡らす展開、番頭の金沢に関するネタ、冒頭の一言に関する小ネタ、動機の設定、なんてなところを挙げておく。犯人の属性に関するネタは、気付いてしまったので意外さは感じなかったけれども、意外性の演出としてはよくできていると思う。

 ネガティブなことを書いてもしょうがないけれども、一点だけは書いておきたい。語り手の小川に魅力がないせいで、読んでいて冷静になる。彼は、ただちょっと見かけただけの美人にいきなり夢中になって頭に血が上り、理論も法律もかっ飛ばしてしまう。事件の解決すらどうでもよくなって、もしも件の美人が犯人だったらこっそり逃がしてやろうとまで思い詰める。

 その他数々の言動からして、彼の態度はあまりに軽率、あまりに浅慮。ロマンティックサスペンスの登場人物なら珍しくもないが、本格ミステリのワトソン役としては少々荷が重かろう。あるいは彼をユーモア担当と見做して、一人合点をしてジタバタする様子を楽しめばいいのだろうか。そういう読み方をすれば、また違った感想になるのかもしれない。この点は保留。

◆「博士邸の怪事件」
 読むのは三度目。初読の時に唖然とした、真相の根幹を成すネタはさすがに覚えている。今回は、それ以外の部分をほとんど忘れた状態で読んだ。

 全体の構成も真相解明に至る道筋も、案外きっちり組み立てられていることに感心した。意外性の演出の、スケールの大きさにも好感が持てる。これでアレさえなければ。あの部分の処理さえどうにかできていれば。と惜しいことである。

高架線の戦慄

●各方面にお願いしていた本がいろいろ届いた。
『冷蔵庫の中の屍体』 楠田匡介 noir punk press
『高架線の戦慄』 M・G・エバハート 湘南探偵倶楽部
『火傷をした楠田匡介』 大下宇陀児 湘南探偵倶楽部
浜尾四郎全集2 殺人鬼』 沖積舎

 本は、桃源社浜尾四郎を読んでいる。ちょっと前から読もう読もうと思っていて、それでなんとなく蔵書リストを眺めていたら、「平家殺人事件」を持っていないことに気付いた。未完でわずかな分量しかない「平家~」だけのために、全集を買うのをちと躊躇はしたのだ。だがやはり、手元に置きたくなった。

●某氏から、人形佐七映画のDVDをいただいた。素晴らしい。ありがたいことである。別途礼状を差し上げる。いつか折を見て鑑賞したい。

「女怪」

●午前中、横溝正史の短編「女怪」を再読。そのココロは。
 午後から、浅草の昭和モダンカフヱ&バー「西浅草黒猫亭」で朗読ライブが開催される。開店二周年記念イベントだそうで。そこで題材となるのが、件の「女怪」なのである。予習として、まずは作品を読む。最後の真相は忘れていたので、予想以上に意外であった。

●朗読ライブは、演者二人にバイオリン奏者一人という構成で行われる。舞台と客席とが近いなんてもんじゃあない。けっして広くないカフェの、同じ店内同じ場所に、演者と観客とがいるのである。臨場感がただ事ではない。原則として作品をそのまま音読するのであるが、演出上のある工夫に感心した。

●会を終わってしばし歓談、その後ファミレスに移動してまたもや歓談、さらに私ともう一人とでサシ飲み、というところまで流れていった。読んで、聴いて、語り合う。これで、読書会をみっちりやったような深読みができた。個人的には、女怪のいったいどこが「怪」なのか、すとんと納得できたのが実に有意義であった。詳しいことは、ネタバレなので非公開で書く。

『ポジオリ教授の冒険』 T・S・ストリブリング 河出書房新社

●『ポジオリ教授の冒険』 T・S・ストリブリング 河出書房新社 読了。

 探偵が推理によって事件の意外な真相を解き明かす。と書けば型通りの短編集なのだが、本書はその意外さの質がどうも異様である。また、ポジオリ教授と相手との会話がどことなく噛み合わず、空回りして、ずれてゆくのがこれまた異様。

 異様な結末の筆頭に来るのが、中編「つきまとう影」である。なんだこりゃ。「ベナレスへの道」を書いたストリブリングならではの奇編。

 特に気に入った作品を挙げておくと、欲と機転と厚かましさとが合体すると誰も勝てなくなるという「パンパタールの真珠」。巻末解説にあるふたつの解釈のうち、私としては後の方を採る。人を喰った真相に思わずにやにやしそうになる「チン・リーの復活」。結末における収束の切れ味がお見事な「ピンクの柱廊」。首謀者の計画が秀逸な「海外電報」。といったところ。

 収録作中のベストは、「尾行」であった。会話と写真とから全てを導き出すポジオリ教授が天晴れ。他の作品とは少々毛色が異なっていて、シリーズ全体として見ると浮いている気がしないでもないが、私の好みに最も合っていた。

●ところでこれで、KAWADE MYSTERY を全巻読み終えた。些細なことだがちょっとした達成感がある。さあて、来年はどのシリーズに手を付けようか。

●お願いしていた本が届いた。
『砂漠の伏魔殿』 大阪圭吉 盛林堂ミステリアス文庫

『お楽しみの埋葬』 E・クリスピン ハヤカワ文庫

●『お楽しみの埋葬』 E・クリスピン ハヤカワ文庫 読了。

 こいつは傑作。とにかくまず、読んで面白い。個性が際立って魅力的な人々が繰り広げる、軽快でどこか奇妙な物語。その中で、ミルズ牧師の家にまつわるエピソードには驚く。こんな突拍子もないネタをしれっとぶっ込んでくるクリスピンに驚く。

 ミステリとしては、たったひとつ(伏字)という事象に依存する真相が、シンプルで好ましい。また、その事象から殺人の動機が形成される流れがいかにも自然で、よくできていると思う。

『岡村雄輔探偵小説選II』 論創社

●『岡村雄輔探偵小説選II』 論創社 読了。

 二巻目の本書の方が断然読みやすい。「ミデアンの井戸の七人の娘」のような装飾過多な書きっぷりが無くなり、堅実な味わいが出てきた。収録作中では、「幻女殺人事件」と「通り魔」とが双璧であった。

 メインの長編「幻女殺人事件」はちょっとした秀作。登場人物達の行動に関するタイムテーブルを作りながら読んだ。それだけストーリーがしっかりと構築されており、読み応えがある。ロジカルな解決も嬉しいし、何より結末で手がかりの場所をいちいち指摘する趣向が嬉しい。シンプルなトリックも好み。

「通り魔」は、人の心の動きも含め、犯罪の全体像がお見事。言葉足らずで意味が通じないのを承知で書くが、前提ではなく結果なのである。

 以下、他に気に入った作品について一言コメント。「王座よさらば」は、オープニングの謎が魅力的。「盲魚荘事件」は、手がかりの出し方が秀逸。「ビーバーを捕えろ」は、シンプルなネタが私好み。これらの作品についてはもっと詳細に感想を書いているのだが、ネタバレ直撃なので非公開。

『葬儀を終えて』 A・クリスティー クリスティー文庫

●『葬儀を終えて』 A・クリスティー クリスティー文庫 読了。

 読むのは二度目。以前実家の本を整理したとき、既読のハヤカワ文庫が見あたらなかった。気になっていたところにクリスティー文庫が発刊されたので、新刊で買っておいた。それ以来積ん読だったのを、ようやく読んだ。事件の真相はシンプルで意外性十分なので、大体の所は覚えている。

 で、真相を知ってから読む本書は、クリスティーの手練手管の上手さがよく分かって、実に面白い。傑作である。横溝正史は「推理小説は二度読むべし」という意見を持っていた。二度目を読むことによって、データの出し方、手法の良し悪し、作者の手腕如何が分かるのだという。なるほど、こういうことなのだ。

 冒頭の台詞が強烈。「だって、リチャードは殺されたんでしょう?」。そして直後の殺人。これで、物語世界がきっちり固まってしまう。クリスティーが、読者の鼻面をつかんで易々と引きずり回し始めるのである。

 どこがどうとはっきりしないけれども、何かが変だというサスペンス。こういうのは好物である。とある伏線の、(伏せ字)という描写なんざ唸るほど上手い。割と早い段階で、その時点では主な登場人物の一人にすぎない犯人が、自らの価値観を問わず語りに露わにする場面がある。それと知って読むと、犯人の脳の奥深くにがっちりと食い込んで殺人の動機を生み出してしまう闇を感じて、なかなかの凄みである。