累風庵閑日録

本と日常の徒然

『古書ミステリー倶楽部』 ミステリー文学資料館編 光文社文庫

●『古書ミステリー倶楽部』 ミステリー文学資料館編 光文社文庫 読了。

 甲賀三郎「焦げた聖書」は、解決部分の荒っぽさが笑ってしまうほど。けれど解決に至るまでの、謎がどんどん広がってゆく展開はなかなか読ませる。二木悦子「倉の中の実験」は、二十年後の自分自身を想像して身につまされるものがある。

 石沢英太郎「献本」は、今とは異なる価値観が、異なっているが故に面白い。描かれている人間関係の悲喜こもごもは、文学が芸術の一分野として広く重く受け止められていた頃の時代相を反映しているのだろう。もしかして今でも、創作系の趣味の集まりでは同種の鞘当てが繰り広げられているのかもしれないけど。同様に野呂邦暢「若い砂漠」も、文学が今よりはるかに重視されていた時代を偲ばせる。

『世紀の犯罪』 A・アボット 論創社

●『世紀の犯罪』 A・アボット 論創社 読了。

 五年前、黒白書房版を湘南探偵倶楽部の復刻本で読んだときは、あまりいい印象を持たなかった。会話が直訳調でぎこちなく、そういった個所に出くわすたびに気持ちが醒める。その点、今回の新訳は安心して読めた。

 天才型の探偵役が、警察組織を活用した地道な捜査に従事するとこうなる、という話。追及すべき数多くの筋道は、主人公サッチャー・コルトのひらめきで得られたものもあるし、大勢の警官達が各方面から集めてきたものもある。コルトは探偵としてだけではなく、組織の長としても極めて有能。大勢の部下を要所要所に手配し、適切な命令を与え、着実かつスピーディーに捜査を進めてゆく。その過程で次から次へと新たな情報が得られるので、中だるみせず快調に読める。

 ところが、だ。情報を集めても集めてもなお、事件は混沌として底を見せない。それどころか、終盤になって一気に可能性が広がったりする。この真相の作り方は上手いと思う。この真相だからこそ、捜査陣が戸惑う矛盾や疑問が見えてしまうのだ。

 個人的には、真相の意外性よりも横溝正史の某作との関連の方に興味が行ってしまったけれども。そういう観点でも、この作品は注目に値する。この辺りのことをもっと書きたいのだが、なにしろネタバレ直撃なので、どうにもこうにも。

 ふたつの作品が似ているだとか片方がもう一方の原型だなどと書けば、片方しか読んでいない者にとってはネタバレとなる。関連する横溝作品の題名は本の帯にはっきり書かれているから、いまさら「某作」などと書くのも白々しいのだが、この日記ではあえて某作としておく。

『大下宇陀児探偵小説選I』 論創社

●『大下宇陀児探偵小説選I』 論創社 読了。

 メインの長編「蛭川博士」は、なかなかの快作であった。前半は、殺人事件の地道な捜査と不良少年達の騙しあいとが並行して語られる。錯綜する展開は、ページをめくらせる力十分である。中盤になると、主人公の探偵役と悪の怪人との闘争劇なんてなスリラーの雰囲気が漂って、少々トーンダウン。だが終盤で盛り返した。

 途中で気付いてしまったので意外さは感じなかったけれど、設定としては紛れもなく「意外な」犯人に感心する。犯人の名前を明らかにするときの演出はちょいと気が利いているし、その犯人と捜査陣との対決もサスペンスが感じられて上出来。

 犯行の要となる部分が、犯人の制御できない要素に依存しているってのに引っかかったけれども、そんなことを気にしてちゃあ戦前ミステリは楽しめない。

 残りの三作、「風船殺人」、「蛇寺殺人」、「昆虫男爵」は全て犯人当てとして発表されたものだそうな。読んでみると内容はまさしく「当てる」もので。読者からの解答を募る段階で、論理的に犯人を導けるようには書かれていない。だからと言って作品の否定につながるわけではないけれども。巻末解題によれば、こういうのが当時の犯人当てだったようだ。

●書店に寄って本を買う。
『ポー名作集』 E・A・ポー 中公文庫
 恥ずかしながら、ポーのミステリをまともに読んだことがない。子供向けの訳で読んだりして、さすがにネタは知っているけれども。いつか創元推理文庫の全集でも買って、きちんと読んでおかなければ、と思いつつ今まで放置していた。創元版はミステリ作品が複数の巻に分散しているので、買い揃えるのがなんとなく億劫に思えていたのだ。

 ところが最近ツイッターで、中公文庫版なら一冊でミステリ作品が揃って収録されているのを知った。こういった情報が得られるのが、ツイッターのありがたいところである。というわけで、早速買ってきた。

『悪女パズル』 P・クェンティン 扶桑社ミステリー

●『悪女パズル』 P・クェンティン 扶桑社ミステリー 読了。

 こいつは傑作。次々と起きる、動機不明の殺人。展開の速さと起伏の大きさとで、物語がぐいぐい進む。結末の意外性は(伏字)てしまうダイナミックなもので。この犯人にしてこの犯罪あり。真相が明らかになると、犯人の造形の異様さも際立つ。

『誰そ彼の殺人』 小松亜由美

●『誰そ彼の殺人』 小松亜由美 幻冬舎 読了。

 収録の四編のうち、三編は初出誌で読んでいる。今回はその時の感想をほぼそのまま再録する。

「恙なき遺体」
 現役の解剖技官でなければ書けない、様々なディテイルが実に面白い。だが、それはあくまで装飾としての面白さである。肝心の、ミステリとしての内容はどうか。

 これがなんと、予想を上回る面白さであった。異様な犯行現場と死因不明の変死体というのがメインの謎。その死因の意外性は十分だし、なにより伏線沢山なのが好みに合っていて嬉しい。まさかこれも伏線だったは、という意外性もある。犯人は誰かという興味については、作者が書きたいポイントではなかったのだろう。なぜそう判断したかは終盤の展開にかかわるので、ここには書かない。

「誰そ彼の殺人」
 これは分からん。(伏字)する意味は何か。一度説明してもらって分かった気になったのだが、今回再読してみるとやはり意味が分からん。

 で、しばらくぐるぐると考えて、ようやくそれなりの解釈が思い浮かんだ。自分のために非公開で書き留めておく。

「蓮池浄土」
 この作品も、伏線の意味が分かった時のそういうことね、という面白さがなかのもの。また、ある状況が伏線であると同時にレッド・ヘリングの役割も果たしていることに感心した。

安楽椅子探偵、今宮貴継」
 十五ページしかないから、内容はほとんどエッセンスだけ。提示された謎はシンプルだし、手がかりはかなり明瞭だしで、さすがにこれは途中で正解が分かった。むしろ語り手の梨木楓が分からなかったのが不思議なくらい。結末のとある記述に目が止まる。これはもしかして、続編への伏線ではないのか。

幻の探偵作家を求めて

●書店に寄って本を買う。
『幻の探偵作家を求めて 完全版 上』 日下三蔵編 論創社
『フラックスマン・ロウの心霊探究』 E&H・ヘロン アトリエサード

 『幻の探偵作家を求めて』は元版が手元にあるのだが、「完全版」と銘打たれていたのでは買わずばなるまい。この本は「論創ミステリ・ライブラリ」の一冊目だそうで。今後、このレーベルでミステリ関連のノンフィクションが刊行されてゆくのだろう。楽しみではあるが、さすがに全てお付き合いするわけにはいかない。

 もう一冊は、かつてハヤカワ文庫の三巻本「シャーロック・ホームズのライヴァルたち」に一編だけ収録されたシリーズ。まさか全編翻訳されるとは、凄いことである。

『守友恒探偵小説選』 論創社

●『守友恒探偵小説選』 論創社 読了。

 収録作中のベストは「死線の花」で、複数のネタを少ないページに盛り込んだ高密度の良品であった。結末の切れ味と、そこに漂う抒情性も買う。他に気に入ったのは、語り口が軽快な「燻製シラノ」と、構成がしっかりしている「孤島奇談」の二編。

 メインの長編「幻想殺人事件」は、登場する捜査陣の言動や考え方が、ロジックという観点ではちと心細い。有力容疑者を逮捕しておきながら、どうも犯人ではなさそうな気がする、という理由で別の人物を追求したりする。

 だが、結論としてはそれなりに満足。登場人物の性格設定が真相のカモフラージュに結び付いている辺り、なるほど、と思う。犯人はどこへ消えたのか? という謎に対する解答も気に入った。単純な(伏字)ネタだけならあまり高く評価できないところだが、そのネタが人物や舞台と上手く結びついており、納得させられてしまう。

●お願いしていた本が届いた。
渡辺啓助探偵小説選II』 論創社

 論創ミステリ叢書の第百二十巻である。一方、守友恒は第五十一巻である。順調に刊行が続くのは素晴らしいことだが、読む方が新刊に追いつくのはまだまだ何年も先のことになる。気の長い話である。

『十一番目の災い』 N・ベロウ 論創社

●『十一番目の災い』 N・ベロウ 論創社 読了。

 なにやら不審な品を扱う犯罪組織。そんな組織が絡む殺人事件を題材にしたスリラーである。要所要所で偶然を大胆に取り入れ、起伏の大きさと展開の速さとで読ませるタイプ。事件の謎が明らかになる段取りは、特にどうということもない。読んでいる間面白いのは確かだが、これがあの、強烈な謎を読者に突き付けた「魔王の足跡」を書いた作家の作品か……

 ってな感想を持って平熱で読み進めていたのだが、読み終えてみると全然違った。これは紛れもなく、上出来のミステリ! なのであった。中盤に、メインの謎が見えてくる。その真相は意外だし、そこに至る流れはロジカルだし、ついでに私好みの些細な手がかりもある。まったく満足である。

 本書のもうひとつの面白味は、登場人物の造形にある。という内容を書こうとしたけど、残念、ここで気力が尽きた。興信所の秘書マーリーン、ラジオドラマの俳優モンティ、下宿屋の親父アート伯父さん、酒場の女主人ベッラなんて人々が魅力的。

 以下、余談。組織が扱う品の正体は、中盤で初めて明らかになる。ところが冒頭の登場人物一覧は、その辺りがはっきり分かるように書かれているのであった。