累風庵閑日録

本と日常の徒然

『銀の墓碑銘』 M・スチュアート 論創社

●『銀の墓碑銘』 M・スチュアート 論創社 読了。

 まず、オープニングが魅力的。私には何も起こらない、と思っていた主人公に突如降りかかった、奇妙な人違い。その出来事をきっかけに、彼女は自ら冒険に巻き込まれてゆく。まるでクリスティーの冒険スリラーのようである。

 序盤で示される、第二次大戦秘話という題材が私好み。そして終盤で見えてくるもうひとつの題材は、それで物語世界が一気に広がるインパクトがある。

 嬉しいのが、些細な伏線があちこちに散りばめられていることで。この、些細な、というのがポイント。あとで指摘されてからページを戻り、おお、気付かなかったけどここにしっかり書いてあった、なるほどなるほど、と確認する作業の楽しさよ。

 全体として、題材も展開もなかなかの良作であった。

『道化の町』 J・パウエル 河出書房新社

●『道化の町』 J・パウエル 河出書房新社 読了。

 なんとも不思議な短編集であった。プードルは人間と会話し、オランウータンは王として君臨する。金の卵を産む鶏はガラスの塔から盗まれ、道化師はパイで殺される。

 いろんなタイプの作品が収録されているので、単純にベストを挙げることはできない。捻りの面白さなら「最近のニュース」、グロテスクな味わいなら「時間の鍵穴」、謎解きミステリとしてなら「アルトドルフ症候群」、といったところ。

 他にも、意外な題材を私立探偵小説に仕立てた「死の不寝番」、奇天烈な設定と奇天烈な展開とが突き抜けてしまったメイナード・ブロックシリーズの二編「愚か者のバス」、「折り紙のヘラジカ」などが秀作。

『宮原龍雄探偵小説選』 論創社

●『宮原龍雄探偵小説選』 論創社 読了。

 収録作には、トリックのアイデアで勝負する作品が多い。終盤で種明かしだけが投げ出すように提示され、伏線も解明に至る筋道もあまり書かれていないそんな作品は、どうも胸に響かない。(以下、もう少し強い表現でいろいろネガティブに書いている部分は全て非公開)

 ミステリマニアの熱が感じられて微笑ましい部分はあるけれども、熱だけでそうそう付き合えるものではない。読み進めるのがなかなかしんどく、読了までに四日もかかってしまった。

 それでもまるでつまらないわけではない。面白く読めた作品を挙げておくと、冒頭の謎が強烈な「三つの樽」、シンプルなアイデアが秀逸な「新納の棺」、多少なりとも伏線のある「髭のある自画像」、トリックミステリを一歩引いた視点から眺めているような「ある密室の設定」といったところ。

 収録作中のベストは「世木氏・最後の旅」であった。きっちり伏線がちりばめられているし、地道な捜査の面白さもある。なかなか凝った真相も嬉しい。真相でちと苦しい部分は、作者の持ち味ということで。作品の質とは関係ないけれども、こんなのも書くのか、という驚きもある。

●書店に寄って本を買う。
森下雨村 小酒井不木 ミステリー・レガシー』 ミステリー文学資料館編 光文社文庫
『11 eleven』 津原泰水 河出文庫

『象は忘れない』 A・クリスティー クリスティー文庫

●『象は忘れない』 A・クリスティー クリスティー文庫 読了。

 中心となるネタには、割と簡単に気付くことができた。したがって驚きはない。結末で書かれる、真相解明に至る筋道は(伏字)というタイプで、どうも好みではない。ミステリ的興趣は、残念ながらさほどではなかった。

 真相の全体像はなかなかにヘヴィーで、トリックだとか外連味だとかとは別次元で記憶に残る。結局この作品は、愛と憎しみとを描いた物語であり、悲劇的な死と力強い生の物語なのである。

●なんとなく、未読のクリスティー作品をチェックしてみた。その過程で、戯曲『アクナーテン』を買っていなかったことが判明。なんたることか。

 だがちょっと調べてみると、HMMの掲載号を買っていたのであった。雑誌で読めるから、文庫は買わなかったということだ。当時の判断を思い出して、やれやれと一安心。読めさえすれば、形態はなんでもいいのである。

『麺’sミステリー倶楽部』 ミステリー文学資料館編 光文社文庫

●『麺’sミステリー倶楽部』 ミステリー文学資料館編 光文社文庫 読了。

 ちょいと低調であった。人情噺は嫌いだし、現代社会の闇をえぐるような陰湿な話も読まなくていい。そんなのは現実だけで沢山である。ユーモアミステリは、そのユーモアの部分に乗れなかった。

 収録作中のベストは、石持浅海「夢のかけら 麺のかけら」。シリーズのお約束を知っていたらまた違うのかもしれんが、話の展開に驚いた。オープニングの話題がそう転がるか。強いロジック志向も好ましい。嵯峨島昭「ラーメン殺人事件」は、手がかりにちょいと感心した。

●お願いしていた本が届いた。
パスカル夫人の秘密』 W・S・ヘイワード ヒラヤマ探偵文庫

『ずれた銃声』 D・M・ディズニー 論創社

●『ずれた銃声』 D・M・ディズニー 論創社 読了。

 平凡な老婦人が射殺された。動機は見当たらず、めぼしい容疑者も、凶器の銃も、銃弾さえも見つからない。捜査が膠着する中、次第にある一族の数十年に渡る物語が見えてくる。

 どうやらこの作家、外連味や意外性やロジックの興味で勝負するタイプではなさそうだ。登場人物の造形が秀逸だが、とりわけ犯人と、関係者のうち数人とが印象深い。

 そしてもうひとり造形が秀逸なのが、主人公のオニール刑事で。妻と娘を愛するオニールだが、中盤である出来事が起きてからは、よりいっそう家族とのつきあいが濃密になる。ときには彼女達に振り回されてつい苛立つことも。ホーム・コメディめいた描写から、良き家庭人たらんと心がけるオニールの人物像が浮かび上がってくる。

 ところで、冒頭に掲げられた家系図は間違っているようだ。

●お願いしていた同人誌が届いた。
『Re-ClaM Vol.2』
 特集は「十五年目の論創海外ミステリ」である。読むのが楽しみ。

『謎のギャラリー -名作館 本館-』北村薫 新潮文庫

●『謎のギャラリー -名作館 本館-』北村薫 新潮文庫 読了。

 文学に縁遠い人生を歩んできたので、この本を読むと彼我の情報量のあまりの差に呆然とする。文学どころか、私はミステリもあまり読んでいない、と思ってしまう。

 様々な小説を展示した空想上の美術館という企画だそうな。実際の美術館や博物館で、解説文を端から丁寧に読んでゆくとあまりの情報量の多さに途中から頭が飽和してくるときがある。本書がまさしくそれと似たようなもので、途中から頭がちと飽和してきた。それでも、紹介されている小説のあらすじを面白く読めて、この本を手に取った意義は十分にある。これで新潮文庫の「謎のギャラリー」シリーズ四冊を読み終えた。

文学フリマに行ってきた。買った本はわずかである。
『遺恨 ルヴェル新発見傑作集』 M・ルヴェル エニグマティカ叢書
『『新青年』趣味 XIX』 『新青年』研究会
『文学と旅する少女 特集 江戸川乱歩』 マーリー

 他にも欲しい本が二冊あったが、すでに某所に注文している。

『サイモン・アークの事件簿I』 E・D・ホック 創元推理文庫

●『サイモン・アークの事件簿I』 E・D・ホック 創元推理文庫 読了。

 サム・ホーソーンのシリーズでは、不可能興味と事件に対する興味とが、ほぼ一体となっていた。ところがこのサイモン・アークのシリーズでは、ひとつの作品中に複数の焦点がある場合が少なくない。こういうのがシリーズの特徴なのだろうか。

 たとえば「魔術師の日」の、施錠されたクロゼットの謎と、墜落した飛行機に関する冒険。「霧の中の埋葬」の、手を触れずに人を殺す怪人物の謎と、その怪人に付け狙われている男の顛末。「奇蹟の教祖」の、車ごと消失した人間の謎と、新興宗教の教祖にまつわる事件。長編ならいくつも山場があっておかしくないと思うが、数十ページの短編でこういった構成では、どうも興味が分散してしまうようだ。創元推理文庫の五巻は全て読むつもりだが、ずっとこの調子ならあまり気分が盛り上がらないかもしれない。

 というように少々ネガティブな感想を持ったが、その一方でやっぱりホック、伏線沢山の作品はそっち方面の読み応えがある。「悪魔撲滅教団」が収録作中のベスト。きわめてシンプルかつ決定的なロジックがお見事。(伏字)というのがちょっと残念だけども。他に、伏線がきちんとしていて私好みの作品が「地獄の代理人」、「狼男を撃った男」、「妖精コリヤダ」、「キルトを縫わないキルター」といったところ。

『水谷準探偵小説選』 論創社

●『水谷準探偵小説選』 論創社 読了。

 瓢庵先生捕物帖シリーズのうち、人形佐七がゲスト出演する作品を網羅したという編集方針が嬉しい。内容自体もミステリ趣味が濃く、読んで楽しい良質の作品集であった。

「銀杏屋敷」 冒頭の奇怪な謎に意外な動機。これは傑作。
「女難剣難」 全体はまことに他愛ないが、海外作品の換骨奪胎が楽しい。
「暗魔天狗」 絞殺死体の周辺に犯人の足跡がない謎。
「巻物談義」 暗号がお見事。
「へんてこ長屋」 なんと安楽椅子探偵もの。

「瓢庵逐電す」 このシリーズでは珍しく、佐七が鮮やかな推理を披露する。
「桃の湯事件」 海外作品にも同種のものがある、トリッキーなネタ。
麒麟火事」 空想上の神獣麒麟が放火を繰り返すという奇天烈な謎。
「にゃんこん騒動」 伏線が秀逸。
「月下の婚礼」 これも海外有名作品の発展形。

 ところでこのシリーズでは、真相に至る手がかりを結末まで読者に示さないのがお決まりのようである。各編の分量からしてやむを得ないのだろうし、そういうものだと受け入れてしまえばどうということはない。だが中には、そういう作劇法が残念に思われる作品もある。瓢庵先生は複数の手がかりを論理的に総合して真相にたどり着いているのに、読者にはその一部分しか示されない「(伏字)」なんてのは、どうもじれったい。