累風庵閑日録

本と日常の徒然

『平林初之輔探偵小説選I』 論創社

●『平林初之輔探偵小説選I』 論創社 読了。

 予備知識なしで手に取った本だが、予想以上に楽しめた。単行本初収録の作品がいくつも含まれており、この叢書がいかに画期的なものか、いまさらながら認識した。……それはそうと活字がでかい。

 好みとしては、「頭と足」や「祭の夜」といった、捻りや意外性のある作品が嬉しい。最も面白かったのは「山吹町の殺人」である。なんと昭和二年に、(伏字)ネタが書かれているのだ。

「犠牲者」は、そこで描かれている社会状況が興味深い。六畳一間に三畳くらいの小ざっぱりした家、というのがある種望ましい一戸建てだということ。主人公の奥さんが、人もうらやむ東京に自分を連れてきて養ってくれている夫に心からの感謝を捧げていること。会社勤めの人間に、職工、事務員、小使、給仕、といった職分があること。月に一度は家族で洋食を食べ、年に一度は芝居見物に出かけることが、ささやかではあるが実現可能な贅沢であること。

「或る探訪記者の話」は、博士が学説を発表した動機が面白い。チェスタトンの某作を連想した。

●いよいよ今年から、論創ミステリ叢書を読み始める。新刊に追いつくまでに何年かかるか、今のところ全く分からないけれども。