累風庵閑日録

本と日常の徒然

『鉄鎖殺人事件』 浜尾四郎 桃源社

●『鉄鎖殺人事件』 浜尾四郎 桃源社 読了。

 河出文庫で出たのをきっかけに読もう読もうと思っていたのだが、あっという間に二年経ってしまった。収録は表題作と、中編「博士邸の怪事件」である。

◆「鉄鎖殺人事件」
 突っ込みたい点はあれど、そこはぐっと我慢する。約九十年の昔に、これほど構成のしっかりした作品が書かれたことを愛でる方が、前向きな態度であろう。冒頭の謎が魅力的。鎖で縛られた死体と、大量の西郷隆盛肖像画がことごとく切り裂かれている現場。それらの真相はううむ……というものだが、ここも突っ込むのを我慢するポイントのひとつである。

 他に気に入った点として、階段の丸い跡から推理を巡らす展開、番頭の金沢に関するネタ、冒頭の一言に関する小ネタ、動機の設定、なんてなところを挙げておく。犯人の属性に関するネタは、気付いてしまったので意外さは感じなかったけれども、意外性の演出としてはよくできていると思う。

 ネガティブなことを書いてもしょうがないけれども、一点だけは書いておきたい。語り手の小川に魅力がないせいで、読んでいて冷静になる。彼は、ただちょっと見かけただけの美人にいきなり夢中になって頭に血が上り、理論も法律もかっ飛ばしてしまう。事件の解決すらどうでもよくなって、もしも件の美人が犯人だったらこっそり逃がしてやろうとまで思い詰める。

 その他数々の言動からして、彼の態度はあまりに軽率、あまりに浅慮。ロマンティックサスペンスの登場人物なら珍しくもないが、本格ミステリのワトソン役としては少々荷が重かろう。あるいは彼をユーモア担当と見做して、一人合点をしてジタバタする様子を楽しめばいいのだろうか。そういう読み方をすれば、また違った感想になるのかもしれない。この点は保留。

◆「博士邸の怪事件」
 読むのは三度目。初読の時に唖然とした、真相の根幹を成すネタはさすがに覚えている。今回は、それ以外の部分をほとんど忘れた状態で読んだ。

 全体の構成も真相解明に至る道筋も、案外きっちり組み立てられていることに感心した。意外性の演出の、スケールの大きさにも好感が持てる。これでアレさえなければ。あの部分の処理さえどうにかできていれば。と惜しいことである。