累風庵閑日録

本と日常の徒然

『シャーロック・ホームズの対決』 長沼弘毅 文藝春秋

●『シャーロック・ホームズの対決』 長沼弘毅 文藝春秋 読了。

 ホームズ物語には様々な矛盾がある。その記述をいかに解釈するかが、シャーロキアンにとって大きな楽しみのようで。私はシャーロキアンではないので、解釈はただひとつ。ドイルがあまり深く考えずに書いちゃった、である。

 解釈にもいろいろアプローチの手法があるが、そのなかで特に、現実とフィクションとを混淆させるスタイルにはどうも共感できない。本書の例でいうと、~年~月の満月は~日だから事件が起きたのはこの年ではない、なんて遊び方は私の理解の外である。

 もちろん、全部が全部そんな調子ではない。第二部「ワトスンの結婚」は、じわじわくる面白さがある。ワトスンの結婚回数についていくつかの説が紹介されている中で、一回結婚説が最も面白かった。お相手は、「四つの署名」のメリー・モースタン嬢である。

 その説で描かれている人生模様は、ホームズばかり大事にするワトスンに腹を立てるメリー夫人、板挟みになって思い悩むワトスン、ついに別居に到って破綻寸前の結婚生活、やがて和解してむつまじい夫婦関係を取り戻すふたり、ひとり置き去りにされるホームズ、といった悲喜こもごもである。

 年月の経過とともに人間が次第に変わってゆくのは自然なことである。人間が変われば当然お互いの関係も変わってゆく。いつまでも変わらぬ友情なんて理想話よりもよほど現実的で、人生の機微があり下世話な滋味があるではないか。