累風庵閑日録

本と日常の徒然

『江戸川乱歩と横溝正史』 中川右介 集英社

●『江戸川乱歩横溝正史』 中川右介 集英社 読了。

 出版社興亡史としての側面を興味深く読んだ。だが個人的は、横溝正史の評伝としての側面に最も読み応えがある。正史が様々なエッセイや日記に書いた情報を要領よく整理して、乱歩との関係を軸に再構成したものである。これはと思う個所を書き抜いておく。

・正史は昭和十一年に出た単行本のあとがきで、草双紙趣味はいささかうんざりしてきたのでこれからは赤本式探偵小説を書きたいと記している。赤本とは、読み捨ての大衆向け読物のことである。ここで注目すべきは、正史は赤本を「制作する」と書いていること。「執筆する」や「創作する」と書いていないことから、この本の著者は次のように推測する。おそらく正史にとって、本当に書きたい作品とは区別して、赤本は読者に売るために書く作品だと認識していたのではないか。

江戸川乱歩の「探偵小説四十年」には、書かれていないことがいろいろある。雑誌「宝石」の創刊号を受け取った日のことも記載がない。同時に、創刊号に掲載された横溝正史「本陣殺人事件」を読んだ直後の感想もない。この事実と前後の記述とから、この本の著者は想像を巡らせる。仮に乱歩が「本陣」初読の感想をプライベートの日記に書いたとして、それは他人には読ませることができないほど激しい「何か」だったのではないか。だが、「宝石」創刊号を受け取っていながら「本陣」について何も述べないのは不自然である。だから、創刊号を受け取った記述そのものをカットしたのではないか。

・乱歩と正史の、性格の違いや探偵小説界における立ち位置の違いについて。講談社から書き下ろし探偵小説全集の話がでたとき、乱歩は書けないと分かっていたにも関わらず探偵小説界全体の発展を考えて承諾した。書けない乱歩は、業界トップとしての責任を果たすつもりで、代作で作品を出した。正史は引き受けはしたものの、自分が探偵小説界における責任者であるとは認識しておらず、書けないものは書けないとして締め切りを過ぎても放置して書かずじまいに終わった。

・東京文藝社は、おそらく角川書店の次に横溝作品を多く発行・販売した出版社である。だが、同社について書かれた文献がほとんどなく、どのような会社だったのかはっきりしない。

 もう少し書きたいことはあるが、この辺りで時間切れである。

●注文していた本が届いた。
『いろはの左近捕物帳』 角田喜久雄 捕物出版