累風庵閑日録

本と日常の徒然

『幻の女』 横溝正史 角川文庫

●『幻の女』 横溝正史 角川文庫 読了。

 今年の三月に、横溝正史の長編「迷路の花嫁」との絡みで短編「カルメンの死」を読んだ。この作品は、角川文庫『幻の女』に収録されている。一編だけ読んで放置していたこの本を、せっかくだから通読してみた。再読である。初読がいつだったかまるで憶えていないが、二十年以上前なのは確実。

「幻の女」
 最近横溝系のオフ会で何度か聞かされていたのだが、なるほど「美少女怪盗もの」の範疇に入れられないわけでもない。目まぐるしい展開やちょいちょい挿入されるアクションシーンが、いかにも戦前スリラーである。某人物の設定がやけに強引なのも、終盤でいろいろ大事なことが大胆にかっ飛ばされているのも、おおらかな気持ちでそういうものだと受け入れれば楽しめる。切り取られた腕の扱いには、ちょっと感心した。物語の基本設定やこういう腕ネタに、ドイルやチェスタトンの遠い谺が感じられる。気のせいかもしれんけどな。

「猿と死美人」
 隅田川に漂う、檻に閉じ込められた半死半生の美人……って、横溝正史はこのモチーフが好きだな。もしかして、江戸文芸辺りに発想の元ネタがありはしないか。隠し場所にまつわる暗号ネタが楽しいし、終盤の三津木俊助の活躍が奇天烈で微笑ましい。