累風庵閑日録

本と日常の徒然

『黒岩涙香集』 伊藤秀雄編 ちくま文庫

●『黒岩涙香集』 伊藤秀雄編 ちくま文庫 読了。

 明治探偵冒険小説集の第一巻である。「幽霊塔」は三十年以上昔、旺文社文庫で読んだ。その時のことはほとんど覚えておらず、ただぼんやりとしんどかった印象が残っているのみである。今回さぞかし読み辛いことだろうと身構えながら手に取ったのだが、文章が軽快なのには驚いた。明治の頃は黙読よりも一般的だったという、音読のし易さが意識されているのだろうか。

 主人公の造形がなかなか面白く、ページをめくらせる原動力になっている。直情径行、明朗快活、ちょいと軽率なところがあり、拳にものを言わせる乱暴なところもあるが、全体はなかなかの好漢である。それに、彼の語り口にちょいちょい漂う、とぼけたユーモアが可笑しい。

 が、そうは言っても明治時代の小説である。改行が少なくみっしりと文字が詰め込まれた紙面で、読点でつないだ息の長い文章をたどるのは、それなりに時間がかかる。結局、読了までに五日もかかってしまった。

 内容については、乱歩、原作、と読んで今回の再読だから、同様の物語に接するのも四回目となる。さすがにこの先どうなるのかというわくわく感には乏しいが、次々と事件が起こる波乱万丈の物語は、時代を超えて残るだけの面白さがある。